第5章 汚れちまった悲しみに
「でも、でも分かるんだよ。この人は違うって。歌仙だって、この人を知れば分かるよ。理屈とかじゃなくて、何でか俺、この人と話して──『この人を信じてみたい』って思ったんだ」
「……」
「だからお願い、主と話してみて。きっと分かるよ」
彼は暫し逡巡したのち、深く息を吐くと、私へと向き直る。
「僕は、歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。一端の審神者なら、名前ぐらいは聞いたことはあるんじゃないかい?」
「え、えっと、確か、2代目之定の作で、細川忠興を主に持ち、家臣を36、または6人手打ちにしたことから、三十六歌仙、または六歌仙に因んで“歌仙兼定”と名付けられたとか……」
「へぇ、そこそこ知っているのかい。意外だな。まぁ面倒な話が省けて助かるよ」
彼──歌仙兼定は少しばかり目を細めて笑うが、棘がある口調に胃がピクピクと痛む。
「君、名前は?」
「え、と、立花陶子、です…」
「立花くんだね、よろしく」
柔らかさと艶やかさの入り交じった、何とも形容し難い魅惑的な笑みを浮かべる歌仙に、私は「はぁ…」とか間抜けな返事しか出来ない。
「早速だが、立花くん。僕は“とりあえず”君を認めることにしよう。加州があそこまで言うんだ。そう悪い人間じゃないんだろう」
「は、はぁ」
唐突な話に、上手く歌仙の言葉を飲み込むことなく相槌を打つ。と、不意に歌仙の右手が腰元へと伸びる。
「しかし、勘違いしないでくれるかい?」
ピタリ、と刀の切っ先が私の喉元に突き付けられる。
ごくりと唾を飲み込むことすら恐ろしく、口先からは「ひっ、ぅあ」と悲鳴にならなかった声の欠片が漏れ出した。
音も無く引き抜かれた刀剣が一瞬の内に私の喉に迫っていたのだ。
──刀剣男士が殺しに掛かって来ても分からない。
──そもそも自身が殺されたことにすら気付かないまま死ぬ。
そんな事が有ったとしてもおかしくない状況に、自分が立たされている事実を、身を持って痛い程実感する事となった。