第3章 遠き日の思い出
(母さん、ごめんなさい…。)
ハヨンは心の中で詫びながら、半ば逃げることを諦めていた。
涙で滲んだ風景を見ながら、男にハヨンは引っ立てられ、うなだれて抵抗することもなく従う。
「危ねぇなぁ!」
男達の頭上すれすれをカラスが猛烈な勢いで飛んで行く。
そしてそのカラスは、一人で立っていた少年の肩に停まった。
「さっきのはてめぇか。いい根性してやがるなぁ、おい。」
「お前も一緒に売り飛ばしてやろうか。」
男達の罵声が辺りに響く。
「その子の手を離してあげて。泣いてるでしょ。」
少年はそのどなり声に怯えもせずそう言った。年に似合わぬ話し方は、その少年がただ者ではないことを匂わせていた。
「はっ、お前が俺に勝てたらな!」
そういい放ち、男は刀をさやから抜く。しかし結果は少年が刀を抜く前に決まった。
この街一帯を徘徊している獰猛な野良犬達が男達の喉元めがけて飛び付いてきたのだ。
「たっ、助けてくれぇ!」
二人が駆けていくのを見送ったあと、少年はハヨンに声をかけた。
「大丈夫?怪我はない?」
「うん…。ありがとう。」
「そっか、良かった。」
その時、酉の刻を告げる鐘がなった。
「まずい、こんな時間か…!気をつけて帰れよ」
そう言って少年は走り出す。
(彼は王族なんだろうか…。)
彼の下げていた刀の鞘に描かれている紋章は、父が王族に頼まれて彫っていたものと全く同じだった。
いつかこのご恩を返したい。ハヨンが剣士を目指すようになったのは、このようないきさつがあったからだった。
ご恩を返し、きちんと礼を言いたい。そのためにも城で王のために勤め、あの方のお側で仕えたい。
この10年間、ハヨンはただひたすらその思いを抱いて武術の稽古に励んだのだった。