第1章 家庭教師〜チョロ松〜
「チョロ松せんせー、ここ分かりませーん」
「もう、また似たような問題に引っかかって…。いい?これはサインがコサインってるからあーでこーで…」
私の家庭教師、松野チョロ松先生。
への字口と下がった眉尻が可愛い自慢の先生だ。
事の経緯をかいつまんで説明すると、この間ついに数学で赤点を取ってしまい、親が近所に住むチョロ松お兄ちゃんを召喚し、先生として私の部屋で勉強を教えてくれることになったのだ。
幼少の頃から六つ子のお兄ちゃん達に仲良くしてもらっていたけれど、思春期に入り会う回数は激減。年頃になれば良くある話。
だからこうして会うようになったのは本当に久しぶりだった。大学生のチョロ松お兄ちゃんは始めこそ大人びて見えたものの、話せば昔と何一つ変わらない。
そんなお兄ちゃんと早くおしゃべりしたくて、私は脳をフル回転させなんとか問題を解いた。
「チョロ松せんせ!これでどうですか!」
「うん…うん、よし!出来てる!凄いじゃん!」
「やったー!」
大袈裟にはしゃいで足をパタパタさせると、チョロ松先生は困ったように微笑んでいる。
「じゃあ数学はここまでにして日本史にしようか?小テスト0点だったんでしょ?」
「えぇ…少し脳を休ませたいんですけど」
「いいよ。じゃあおやつ食べてからね」
その言葉を合図に、私はノートを閉じてお母さんが用意してくれていたシュークリームとペットボトル、コップをテーブルに並べた。
「せんせ、はいあーーん」
「い、いいよ。自分の手を使って食べるから」
「せ・ん・せ?どうしてそんなに真面目なんですか?」
「近い近い近い!どうしてって、今僕は幼馴染じゃなくて先生として此処にきてるからに決まってるでしょ!てかさっきから僕のことからかってるだろ!」
私は返事の代わりにケラケラと笑った。