第11章 逃がさねぇよい
その姿にはっとした沙羅は、深く頭を下げた。
「昨日は申し訳ございませんでした、お着物台無しにしてしまって・・・」
何の反応も返ってこないことに違和感を感じた沙羅は頭を上げた。
「・・・あの?」
「イゾウ」
「え?」
「俺はイゾウってぇんだ」
「!!沙羅と申します」
名乗らなかった非礼を詫びるように、またしても深く下げた沙羅の頭にくつくつと笑いが落ちる。
何かおかしかったのだろうかと、顔を上げれば、
思わずどきりとするほどの色香に、視線を奪われた。
「着物ねぇ~」
「あ!本当に申し訳ございません、あの、弁償させて下さい」
「あいにく、あれは“カガ友禅”の1点物でねぇ」
その言葉に沙羅は青ざめた。
「あ、あの、どうしたら・・・」
お琴から着物の価値を聞いたことのある沙羅には、それが取り返しのつかない事をしてしまったのだと気づかずにはいられなかった。
「そうさねぇ・・・」
その美しい唇が妖しく笑った。
顎に添えられたイゾウの指がくいっと沙羅の顔を上向かせる。
近づく艶やかなイゾウの顔。
「体で払って貰おうかねぇ・・・?」
「?!」
顔に一気に熱が集まった、瞬間。
「イゾウ!からかうのもいい加減にしろい!」
マルコの声と手が沙羅の顔を遮った。
いきなり遮られ暗くなった視界に混乱する沙羅。
「マ、マルコ?!」
そのまま体を反転させられ、マルコの胸元に顔を押し付けられてしまう。
「くっくく、恐ぇ恐ぇ」
「あれは、戦闘用の市販ものだろうが!」
その言葉にからかわれたのだと悟る沙羅。それでも、本人に確認したくて、マルコの胸元から無理矢理抜け出ると、“くつり”と笑うイゾウと目があった。
「悪かったよ、つい、面白くてねぇ」
「でも、水をかけたのは事実です、すみません」
もう一度謝るとイゾウは目を瞬かせた。
「男の前でそんな顔しなさんな、喰われちまうよ」
艶やかに笑い、そう言い残すと去っていってしまう。
「イゾウ!てめぇ!」
マルコの呼び止める声も何のその。
背中越しに手をひらりと振る姿も美しきかな。
その一部始終を唖然と見ているサッチ。
“イゾウ・・・?”
微かに感じる違和感に、首を傾げずにはいられない。
サッチは知らなかった。
イゾウと沙羅が既に出会っていたことを。