第8章 悪夢など生温い一夜
何が何だかわからなかった。
『今日は“新月”だから早く寝なさい』
そう言われ、少し早めに布団に入った。
ふと、物音に目覚めれば、自分を水の壁の中に隠すユエと、険しい顔のロイが見えた。
壁の中からは微かな明かりと、音しか聞こえない。
すぐにドアが蹴破られる音がして、ロイの怒声と男達の狂気の声。
それもしばらくすると、聞こえなくなった。
『っあなた!!』
悲痛なユエの声とロイのうめき声、そして、何かが倒されるけたたましたい音。
そして布のような物を引き裂く音。
『っやぁ~!!!!』
一度だけ、ユエの悲鳴が聞こえ、そこから男達の下卑た声と、聞いたことのない、だが、何かおぞましい音だけが聞こえた。
“やめて!!”
陰影越しにしか見えなくても、ユエに何が起こっているか、分からないほど子供ではない。
泣き腫らした目にも、涙によって炎症を起こした頬にも気づくことすらなく、沙羅はただただ“母だけでも”助けようと足掻く。
常人には見えぬ壁に縋り付き、すぐ近くで繰り広げられているであろう“それ”を必死に止めようと藻掻く。
だが、壁に覆われたその先に沙羅の存在は伝わらない。
“大丈夫、必ず守るから”
壁の先にいるユエが、沙羅の方を向き、微かに微笑んだ。
新月の日の娘は、自分を守る術を持たない。
だが、“最初で最後”に母親らしいことができた。
まもなく、自分も愛しい夫の元へと旅立つことができるだろう。
娘の身を、心を、命を守るために、自分の命を力に換えて作り出した水の壁を見た。
それから、少し離れたところに横たわる愛する夫を見つめた。
“許して”
動くことのない夫に意識を集中させる。
そうしなくては、正気を保てずにはいられなかった。
自身の体を舐める舌や這い回る手。
そして夫以外に開いた事のない秘部に侵入し蠢く“モノ”。
愛する夫の目の前で、犯される屈辱、恐怖、怒り、そして絶望。
“沙羅、ごめんね・・・“
ユエはもう一度、娘を見つめた。
伝説通りの容姿と、相反する微弱な力の自分のために、外界との接触を断ち、沙羅の世界を狭めてしまった。
“どうか、幸せに・・・沙羅・・・”