第6章 5月11日
起き上がることすらできない歳三にクルー達が次々に駆け寄った。
沙羅も駆け寄りなが、歳三の体を癒やそうと手から水を出し始めた。
だが、歳三はそれを手だけで制した。
70年近く連れ添った自分の体だ。
最早、沙羅の力を持ってしても手遅れだとわかっている。
それを感じ取った沙羅の瞳から、大粒の涙がこぼれれば、歳三は困り果てたような笑みを浮かべた。
沙羅が乗船してから、悲しい思いをさせないように常に気を配り、クルー達にもそれを言い聞かせていた。
その自分が、まさか沙羅を泣かせることになるとは。
そんな歳三の心中を察するようにマルコが沙羅を支えるように、その手を握った。
“大きくなった”
歳三は満足そうに、笑顔を浮かべた。
ずっと、いつか死んでしまうのではないかと案じていた。
死に急いでいるわけでも、自身の命を粗末にしているわけでもない。
ただ、ずっと嫌われ者だったマルコは、どこか自分の“生”に執着がないところがあった。
それが、沙羅と出会い、“自ら”成長を欲し、見違える程に大きくなった。
歳三は霞んでいく視界の中で、二人を見つめた。
これからは、自分の足で歩み、生きていけるだろう。
“もう、思い残すことはない”
「マルコ・・・」
歳三の小さな声に耳を近づける。
「すまんが・・・」
言いながら懐から、細長い布袋を取り出した。
それは、艶やかな朱の生地に金糸の刺繍が美しい懐刀袋だった。
「お琴に返してくれんか」
歳三の手が一瞬空を漂う。
“!!”
見えていない、そう気がついたマルコは、歳三に伝わるように力強く刀袋を握った。
歳三の口元が微かに笑った。
もう、何も見えなくなった瞳の裏に浮かぶお琴。
『歳さん』
気の強いお琴が、二人きりの時に恥ずかしそうにそう呼ぶ姿が可愛かった。
『お前さん』
思い浮かぶのは笑顔ばかり。
惚れて惚れて惚れぬいた大切な女。
命ある限り、守り尽くすと誓った。
“先に行くよ、お琴・・・”
『歳ぃ』
長い年月を共に過ごした白ひげが浮かんだ。
ニューゲート・・・
『グララララ~』
いい、旅だった・・・
5月11日、
白ひげ海賊団副船長、
歳三
死す。
その死に顔は、毒によって死んだとは思えないほど、
穏やかだった。