第27章 幸せにおなり★
翌日、二人は和装屋の島に到着した。
目当ての店はすぐに見つかった。
「いらっしゃいまし」
土間から上がった奥の部屋からやって来た、
年老いた店主が柔和な笑顔を浮かべて出迎えた。
「あの、・・・私」
何と言えばいいのだろうか。
己の名を告げればいいのか、
お琴の名を告げればいいのか、
はたまた、白ひげ海賊団と名乗ればいいのか。
逡巡する沙羅に反して、主は柔和な笑みのまま少し奥にある椅子を示した。
「・・・」
沙羅の記憶が艶やかにと甦る。
その椅子に緩(ユル)りと腰掛ける姿は、どこか気だるげでありながら、そこにいる全ての者の視線を奪わずにはいられなかった。
『その色はやめとくれ、顔色が濁る』
響く声は、香りすらも感じさせた。
“お琴さん”
椅子を眺めたまま、思わず涙ぐみそうになった沙羅。
その耳に届く、柔らかな声。
「どうぞ」
そこに僅な間。
「お検めくださいませ」
店の奥から戻ってきた主は、何の迷いもなく、一枚の着物を衣桁(イコウ)にかけた。
驚いた沙羅は目を瞬かせ、
しかし、その見覚えのある柄にそっと手を伸ばした。
それは、白に淡藤色と鮮やかな青が映える地に、足元を中心に、小花柄が描かれた物だった。
小花柄の清楚さに白の清廉さ、淡藤の柔らかさと青の凛とした強さが美しい。
『これは、今のお前さんに上げるんじゃないよ』
そう告げながら、生地を選ぶ目は真剣そのものだった。
愛娘の未来を見据え、その幸せをただひたすらに念じ、信じるように告げられた言葉。
『これはね、お前さんが大人になって、身も心も預けられる相手にあったら、着て欲しいんだよ』
忘れていたはずの記憶が、沙羅の中で鮮やかに甦る。
“お琴さん・・・、私わかったよ”
『沙羅、世界はとてつもなく広いんだよ、その広い世界には必ずお前さんの全てを受け止めて、支えてくれる“男”がいる』
“私・・・今、幸せだよ”
答えはあるはずもなく、目の前にはただ、着物がかかるのみ。
けれども、着物は無言で語る。
『幸せにおなり』
「っ・・・」
溢れだした感情に、息を飲むように体を震わせ、ついには泣き出してしまった沙羅の背中をマルコは黙ってさする。
和装屋の主は、ただ、静かに店の奥へと下がった。