第26章 牙を剥く悪魔
二つ島を出たモビーディック号は、大海原をかける。
天気は晴天。
波は高いが、航海の妨げになるほどではない。
そんな穏やかな甲板には、厳つい男達が思い思いの時を過ごす。
釣り糸を垂らす者。
気の合う者同士が飲んでいたり、
組み手を行っていたはずが、喧嘩になり船を破壊しそうになったり。
『船を壊すんじゃねぇ』
『イゾウちゃん、今日も綺麗よ』
『あ、イゾウちゃん、顔が怖ぇ・・・』
『・・・』
掴み合ったサッチとラクヨウに銃弾一発。
固まりながらもイゾウに絡む二人を隊員は“勇者だ”と讃えた。
もちろん、そんな二人をイゾウが許すはずもなく。
『ぎゃ~~~!イゾウ、やめて』
『止め止め、死ぬだろ!』
逃げるサッチとラクヨウを正確無比の弾丸が襲う。
「阿呆だよい・・・」
そんな日常のやり取りを遠くに聞きながら、目も開けずに横たわり呟く。
すると上から降ってくる鈴のような笑い声。
「・・・わかってるよい」
マルコは片眉を上げながらも、やはり目は開けずに声の主、沙羅の髪に手を伸ばし、指を絡める。
繊細で柔らかな手触り、時折感じる仄かな蓮の香。
当たり前ながら、沙羅は女なのだ。
武骨な自分とは違うのだ。
守るべき、愛しい女。
そんな沙羅の柔らかな太股の感触を後頭部に感じながら、マルコは沙羅の意図に言葉を返す。
いつもは、あの騒動の中心の一人を担っている自分。
ただ、
たまたま、
沙羅の膝枕で、
昼寝をしていただけ。
マルコ自身もやはり阿呆の一人で、
そんな日常をマルコが大切にしていることも。
「・・・寝る」
それを愛しい恋人に気づかれていることは、こそばゆくも嬉しくて、何とも言えず。
誤魔化すように呟けば、少し冷やりとした小さな手の平が太陽の日差しを遮るように目元を覆った。
意識が完全に浮上しきる前の微睡みの中、マルコは夢を見ていた。
それが夢だとわかるのは、目の前に広がる光景が沙羅から聞いた通りの物だから。
薄暗い船の甲板を沙羅が一人で歩いている。
時折、甲板の板がギシリと不気味になる以外に音はない。
『・・・』
甲板の至る所に赤茶や黒い染みがある。
マルコにはそれが何か一目でわかった。
血だ。しかも一人二人の量ではない。
マルコの心に苦い物がこみ上げる。
ここに沙羅をいさせたくない。