第4章 この想いはまだ一方通行
早朝、歳三との修行の前にいつものように甲板を走り、体を慣らしたマルコは、甲板後部から聞こえてきた音に視線を向けた。
その先には、緋色の扇を片手に厳しい表情のお琴と、そのお琴の視線を一身に受けた沙羅がいた。
舞うように鮮やかな沙羅の動きに目を奪われる。が、その動きは素早く、突き出された手は拳の形をし、払われた手は爪の先まで伸ばされ美しい手刀を形取る。
あの日、強くなりたいと思ったのはマルコとサッチだけではなかったらしい。
そうマルコが気がついてから数ヶ月、お琴の下(モト)沙羅は大きく成長していた。
自身がかつてくノ一であり、太夫でもあったせいか、いかなる時でも女性らしさを忘れない事を信念としているお琴。
“武(ブ)を極めれば舞(ブ)に極まる”
その言葉通り、沙羅は、まさに舞うがごとく拳を繰り出し、剣を振るう術を会得しつつあった。
その美しくも可憐な姿は、クルーの間でも話題になる程。
それはもちろん、マルコとて例外ではなく、むしろ自身でも戸惑う程に心が揺さぶられ、時として湧き上がる欲情を必死に抑える程だった。
青年と少年の狭間のマルコと、少女の沙羅。
もう少し、マルコが青年に近ければ、それが恋だと気づけるだろう。
もう少し、沙羅が大人への階段を上り始めていれば、それを恋だと受け入れるだろう。
だが、その曖昧な歳の危うい感情は、マルコを苦しめていた。
初めは、自分にそんな“性癖”があったのかと、真剣に悩んだ。
確認するために、その手の、いわゆるロリコンが好む店にも行ってみた。
だが、その真っ平らな体に全く食指が動かず。
少女に口淫を促されるも、その気もないのに触られること自体に嫌悪を感じ、金だけ置いて出てきたこともあった。
要するに、マルコには少女に欲情する性癖はなかった。
どうやら沙羅にだけ、欲情するらしい。
そう自覚したマルコは、一週間ほど前から沙羅と距離を取っていた。
だが、距離を取れば取るほど、
視線は沙羅を探し、
耳は沙羅の声を拾い、
心が、沙羅を求めた。
「・・・」
一瞬、切なそうに沙羅を見つめるマルコ。
しかし、自身の心の迷いを振り切るように首を振ると歳三の待つ甲板前方に、足を向けた。