第20章 忘れられない女
沙羅に出会ったのは数年前の話だ。
どこまでも続く青い空、青い海。
美しい光景・・・と思える余裕はない。
お腹と背中がくっつき、胃袋は食事を求めて鳴り止まない。
そんな音がそこら中から聞こえる異様な光景。
次の島まではあと一週間もある。
ちょっとしたトラブルから、航海の準備もそこそこに、出航するはめになった赤髪のシャンクス率いる海賊団は餓死の危機にあった。
「ベックマン~どうするよ~」
そんな情けない声を出すシャンクスを丸ごと無視して、副船長のベックマンは釣り糸を垂らしていた。
数日、小さな魚を数匹を大の男達で分け合う日々が続いていた。
その小さな魚も、ベックマンの地道な努力の成果だ。
と、そんな二人の耳に叫び声が届いた。
「どわ~ぁ~~~!!」
「うぉ?!」
「お頭ぁ~~~!!」
その声にシャンクスは満面の笑みを浮かべた。
「海王類かぁ?!俺も行く!」
捕まえて食べる気満々のシャンクスは船尾に向かって走りだした。
「海王類にしては小さいみたいだなぁ」
船に乗せられない程の海王類を思い描いていたシャンクスは首を傾げながら、捕まえた獲物を取り囲んでいる仲間をかき分ける。
「あ、もしかして、さか・・・な・・・」
魚か?と言いかけて、シャンクスは言葉を失った。
甲板に横たわるそれは、人の形をしていた。
さらりととした艶やかな黒い髪。
透けるように白い肌。
華奢な体。
海から引き上げられたというのに、身に纏う物も含め、その影響を全く受けていない。
不思議な光景だった。
「人間・・・だよな」
「女だな・・・」
「生きてんのか?」
耳に次々と入る言葉に、シャンクスは、はっと我に返った。
「食えねぇじゃねぇかぁ~!!」
「「「違うだろ~~~!!」」」
頭を抱えて叫ぶシャンクスに、クルー達は突っ込みを入れた。
「・・・何してんだ」
そんなやり取りに呆れかえりながら、ベックマンは横たわる女の手首に触れた。
トクン・・・トクン・・・
ベックマンの指は確かなリズムを感じた。
「生きてる、ドクター!」
ベックマンが、医師を呼んだのとほぼ同時だった。
シャンクスが女をゆっくりと抱き上げた。
「連れていく」
そう言うやいなや、ドクターの部屋に向かった。