第13章 新世界を一人で生き抜いた女
「そのお酒、美味しい?」
月を見上げたまま沙羅が言った。
「飲んでみるか?」
マルコはジョッキのような物を差し出した。
沙羅は小さく頷くとそれを受け取り、両手で抱えるように“コクリ”と飲んだ。
「・・・」
マルコはその様子をじっと見つめた。
話したい気持ちはある。だが、この何とも言い難い胸の内をどう言葉にしたらいいかわからない。
口下手ではないけれど、サッチやイゾウのように話術に長けている方ではない。
そんなマルコの胸中を感じ取ったのだろうか。
ジョッキを見たまま沙羅が言った。
「もし、マルコの命と引き替えに誰かを殺せって言われたら、私も考えちゃうな」
直接言葉にはしなくても、それが“殺すこと”を考える意味だとマルコにはわかった。
「でも今の私にはオヤジ様がいて、イゾウ隊長がいて、サッチや皆がいて・・・助けてくれる家族がいる」
マルコを見ることなく、紡がれる言葉。
「きっと、フェイクにはそう言われた時、誰もいなかったんじゃないかな、だから、一人で決めるしかなかったんじゃないかな」
暗殺者であるフェイクは恐らくかやと二人で生きてきたのだろう。そのかやを人質に取られ、一人、白ひげ海賊団に潜入し、凶行に及んだのではないだろうか。
「・・・」
沙羅の言葉はマルコの心にじわりじわりと浸透していく。
「かやさんも、ゾイドの証拠も見つけようね」
そんなマルコの心にとどめを刺すように沙羅は言った。
「!!」
目を見開くマルコ。
何気なく言った沙羅の言葉が揺らいでいたマルコの背中を押す。
自分は何を迷っていたのか。
死んだ家族の無念を晴らすだけのことで、それに優劣などなかったのだ。
かやも、ゾイドも。
ゾイドも、かやも。
どちらも一緒の事だった。
「沙羅」
迷うことなく、沙羅を見つめたマルコ。
そんなマルコに笑顔を返すと沙羅は持ったままのジョッキを差し出した。
「お酒ご馳走様!」
そして立ち上がった沙羅の手を、
マルコが握った。
「ありがとよい」
すると、沙羅は柔らかく微笑み・・・
そのままマルコの胸に倒れ込んだ。
それを予期していたマルコは、微かに笑うと軽々と抱き上げた。
“飲めねぇくせに、無茶すんじゃねぇよ”
そう思いつつ、腕にかかる僅かな重みに満足のマルコであった。