第6章 Firefly
【翔side】
「今日はノータイで」
打ち合わせで村尾さんがみんなに言った。月曜が祝日で休みの時などは、男性はジャケットにノータイというのが多かった。
...最後の夜なのに、ノータイか...
苦笑いした俺は、胸のポケットに、鮮やかな赤いハンカチを入れた。
いつものように生放送が、始まる。
.....智くん、見てる?
真っ赤なチーフは、最後に君に抱かれる、俺の気持ち...他の色で誤魔化さない、真っすぐな俺の気持ち...
俺の勘違いじゃなければ、
先週、俺に抱かれた君は、全身で愛を叫んでいた。俺がそうだったように...
...でも...もう、遅い...そうだろう?
全てが遅すぎたんだ...
もう取り戻すことが出来ない...どんなに叫んでも、届かない....悲しいけど...それが俺たちの逃れられない運命の渦...
画面の向こうで観ているであろう君を思って、今日も俺は笑う...
君に...君だけに向けて...
「お疲れ様でした~」
俺はいつもより急いでマネの車に乗り込んだ。
「櫻井さん、何か予定があるんですか?」
「ないよ...なんで?」
「何だか急いでるみたいなので...コンビニとか、寄りますか?」
「いや、今日はいいよ。真っ直ぐ帰って。」
最後だと分かっていても、智くん...君が待ってってくれるって言うことが、俺の気持ちを急かせていた。
玄関のドアを開けると、智くんが出迎えてくれた。
「お帰り、翔くん...お疲れ様」
「ただいま、今、シャワーしてくるよ...」
青いバスローブを纏った彼から、ほのかにボディーソープの香りがした。
.....いつもの月曜日だ。
でも、もう、俺たちには、次はない...
シャワーを済ませ、リビングに戻ると、キッチンから智くんがワイングラスを持って現れた。
「翔くん、乾杯しよ...最後の晩餐」
「何だよ..それ...」
俺は少し笑って、君と並んでソファーに座った。
「「乾杯...」」
グラスが乾いた音で鳴って、ふたりで微笑み合った。
...最後の夜...
「智くん...」
俺が肩に手を乗せると、君は瞼を下ろした。
そっと触れた唇は、微かに震えていた。
そこへ、深夜の来客を告げるチャイムが...
俺と智くんは顔を見合わせた。