第1章 うたかた
【智side】
玄関の開く音がして。
「ただいま…」
大好きな、君の声が聞こえた。
俺は一つ息を吐くと、出迎えるためにリビングのドアを開ける。
翔くんはきちんと靴をそろえて振り向いたところで。
「ただいま、智くん」
俺の姿を捉えると、そのぽってりとした唇が笑みを模った。
その微笑みは、どういうこと?
俺がここにいて、嬉しいって思ってくれてる?
口に出来ない疑問を心で問いかけながら翔くんに近づくと、その太くて男らしい首にするりと腕を回した。
「おかえり、翔くん。お疲れさま…」
言いながら、頭を引き寄せて唇を重ねる。
最初は啄ばむように軽く。
何度かそれを繰り返して、薄く開いた唇の奥へと舌を差し込んだ。
「んっ……」
翔くんが、小さな声を漏らして…。
それに気を良くした俺は、彼の咥内を蹂躙するように舐め廻す。
遊ぶように俺から逃げていた彼の舌を捉えて、絡めとると、ドサリと翔くんの鞄が落ちる音がして。
次の瞬間、両手で強く抱きしめられて。
もっと深く、唇が重なった。
いつの間にか、主導権は彼のもので。
差し込んだ舌を強く吸われて。
苦しくて、舌を引き抜いたら。
今度は俺の咥内を、翔くんの舌が我が物顔に暴れまわる。
キスなんて、翔くん以外の何人もとしたのに。
キスだけで頭の芯が痺れるのは、翔くんだけだ。
理由なんて……とっくにわかっているけど。
「……エロい顔……」
ようやく唇を離した翔くんが、楽しそうに呟く。
「…シャワー、浴びてきてよ…」
俺はわざと、いつもより低い声で耳元で囁いてやった。
そうすれば、翔くんが拒否しないの、わかってるから。
翔くんはぶるりと身震いすると、もう一度俺にキスをした。
抱かれる側の日はいつも、
俺はわざと娼婦みたいに振る舞うようにしていた。
じゃないと、心が溢れ出しそうで…。
お酒なんか飲みながらうっかり向き合って話なんかしたら、
本当は好きなんだって、
ずっと君の側にいたいって訴えてしまいそうで。
だから、帰ってきたらすぐに俺を抱くことしか考えられないように、俺から仕掛ける。
だって、怖いんだ。
本当の君の気持ちを知るのが、怖い。
もし、君に拒否されたら、俺は……。
シャワーの音を聞きながら、大きくため息をついた。