第10章 Tears
【智side】
ハンドルを握るかずの顔をチラリと見た。
「なに?」
「いや、別に…」
今日は自分のマンションに帰ろうとしてたんだけど、こっそり楽屋を出たところでかずに見つかって、無理矢理かずの車に押し込められた。
「あの、さ…明日は戻っても…」
「だめ」
遠慮がちに言いかけた言葉は、一刀両断される。
「取りに行きたいものがあるんなら、このまま寄って荷物取ってきなよ。下で待ってるから」
冷たく言い放たれて。
「いや、いい…」
無表情に前方を見つめるその横顔を見つめながら、こっそり溜め息をついた。
最近、ずっとこんな調子だ。
前は時々自分ちに帰ること、黙って許してくれてたのに、最近は少しでも近くにいないと怖い顔して、側を離れるなってそう言ってくる。
正直、息が詰まる……。
かずの側にいることが嫌じゃないけど、時々は一人になってぼんやりする時間が俺には必要で。
だけど、かずが不安がってるのは全部俺のせいだってわかってるから、強く突き放せない。
かずから視線を外すと、流れていく車窓の風景にそれを移した。
車のテールランプの赤い光で溢れた街並。
赤い、光……
「智、なに考えてんの?」
翔くんの顔を思い出していたのを見透かしたように、かずの手が手首を強く握った。
痛いくらいに。
「なにも…考えてないよ…ぼーっとしてただけ…」
翔くんのこと、なんて言えるわけない。
「そう…」
納得してなさそうに言って。
それでも、手を離してくれた。
そのまま、かずの家まで無言で帰った。
「飯、どうする?いつもの出前、頼むの?」
荷物を床に置いて、後ろから入ってきたかずを振り返ろうとしたら。
突然、後ろから抱き締められる。
「…かず?どうした…?」
訊ねても、なにも答えない。
ただ、俺の肩に押し付けるように顔を埋めて。
腹に回した腕に力を込めて。
密着した身体は、微かに震えているような気がした。
今は何を言っても届かない気がして、黙って彼の好きなようにさせてやる。
「…俺のことだけ、考えてよ…」
漸く出した声は、やっぱり震えていた。
「翔ちゃんのことなんて、考えないで。俺だけ、見てよ」
そのまま、その場に押し倒されて。
見上げたかずの瞳は、深い闇の中にいるように、なにも映してはいなかった。