第8章 モノクロ
【翔side】
車の窓から、流れる景色を眺めていた。
忙しなく家路を急ぐ人々。
交差点で客引きをする居酒屋の店員。
信号待ちする車の列。
遠くから聞こえてくるホームのアナウンス。
何もかもが、いつも通り。
同じように時を刻む。
でも、ひとつだけ.....
何かが違うって思っていたら、
街に、
色がなかったんだ。
何の色もない、
モノクロの世界.....
世界から、色を無くしたら、こんなに悲しい景色しか残らないんだ。
俺の頭の奥で、まだあの音が小さくなり続けていて、車内には静かなジャズの音楽が響いている。
ハンドルを握る綺麗な白い手.....
「....潤....」
そっと名前を呼んだら、キラキラ光る瞳で、一瞬俺のことを見て、そして、強く手を握ってくれた。
その手の温もりが、力強さが、
今、この場にある唯一のリアルだった。
車は、ゆっくりとマンションの駐車場に滑り込んだ。潤がそっと唇を重ねるだけのキスをして、
「行こうか...」と言った。
コンシェルジュが恭しく「お帰りなさいませ」と、少し距離を取って歩く俺たちを迎えた。
潤は何も聞いて来ない。
それが俺には嬉しかった。
今は、何も考えたくないんだ...
思い出したくないんだ...
エレベーターが最上階に着いたことを知らせると、潤は俺の手を取って歩き出した。
玄関のドアから中に入ると、
潤は振り返って俺のことを抱き寄せた。
「...じゅん...」
「翔くん...好きだよ...翔くんだけだ」
潤はそう言いながら、少し乱暴に唇を重ねてきた。
早急に絡み合う舌が、広い玄関ホールに、卑猥な音を響かせる。
俺は持っていた鞄を落として、潤の首に両腕を巻き付けた。
角度を変えて、唇を重ねながら、潤が俺のコートを脱がせた。
そのまま俺たちは縺れるように寝室に急ぎ、ベッドの縁でお互いの服を剝いでいく。
徐々に現れる潤の肌は、もう少し高揚しているのか、綺麗なピンクに染まり始めていた。
肌が空気に晒されると、一瞬鳥肌が立った。
それを見た潤が、慌ててエアコンのスイッチを入れ、俺のことを布団の中に引き込んだ。
まだ、ひんやりとした布団の中、潤は大切な宝物を抱き締めるように、俺のことを包んでくれた。
合わさった肌の温もりに、
涙がこぼれた。