第8章 モノクロ
【潤side】
「キスして…」
不意に零れた言葉に、俺は頭が真っ白になった。
切な気に瞳を揺らす翔くんは、触れたら消えてしまいそうなほど儚くて。
簡単に手を伸ばすことが出来ない。
「…なんで、そんな…?」
「俺のこと、好きなんじゃないの?だったら、キスして…潤…」
翔くんの唇が、俺の名前をはっきり紡いだ瞬間、ごちゃごちゃ考えてたことが全部吹っ飛んだ。
ここが局の駐車場だとか、あの短い間に何があったのかとか…
相葉くんのこととか、リーダーのこととか。
一度閉めたシートベルトを外して、力任せにその腕を引き寄せて。
腕の中に閉じ込めて。
その唇に、噛みつくようにキスをした。
誘うように薄く開かれた唇の間に、すぐさま舌を差し込む。
翔くんは、すがるように俺の背中に腕を回して、ぎゅっと強く抱きついてきて。
俺に答えるように舌を絡めてきてくれて。
彼の方からそんな風にしてくれたの、初めてで…。
嬉しくて、涙が込み上げる。
「…んっ……ふ……んんっ…じゅ、ん……」
キスの間に名前を呼んでくれるのも初めてだ。
なんで急にキスしてなんて言ってきたのか、気にならない訳じゃないけど…
そんなことより、腕の中の彼が愛しくて仕方なくて。
ずっと想い続けていた彼の方から求めてくれたってことが嬉しくて。
彼を、もっと感じたくて。
この十数年間の想いを全てぶつけるように、その咥内を貪った。
飲み込みきれなかった唾液が、彼の口の端から零れ落ち、それを追いかけるように首筋に唇を這わすと、彼の身体はピクリと反応する。
「…潤…」
その先を求めるように、背中に回された腕に力が籠められた。
「…行こうか?」
流石にここじゃあ、これ以上のことは出来ないから。
ずっと抱き締めていたい気持ちをなんとか宥めて、身体を離す。
翔くんは、揺れる瞳で見つめていた。
その奥に、欲情に濡れた紅い焔を宿して…。
その焔で、俺を焼き付くしてよ…。
俺はもう一度その唇に唇を重ねると、急いで車を発進させた。
捕まらないギリギリのスピードを出して、自宅を目指す。
とにかく一刻も早く、翔くんを俺の部屋に閉じ込めてしまいたかった。
車に乗ってる間、彼は一言もしゃべらずにぼんやりと流れる車窓を眺めていて。
なにを考えているのか、俺には全くわからなかった。