第8章 モノクロ
【翔side】
楽屋に忘れ物をして取りに戻った俺は、ドアを開けようとして、その違和感に気付いた。
ドアの内側から微かに人の気配が...
そっと顔を近付けた俺の耳に飛び込んできたのは、明らかにそれとわかるくぐもった声...
しかも、この声は...
『.....智..くん』
鼻にかかった甘い声...
かず..と呼ぶ優しい響き...
かず...なんて呼んでるんだね...二人の時。
笑おうとして、そのまま俺の表情は固まった。
頭の中で、キーンという不快な音が鳴り始め、それは徐々に大きくなる。
『早くここから離れなきゃ...二人の声が聞こえないところまで行かなきゃ...』
逃げるように離れても、追いかけてくるような、智くんとニノの、愛しあう声...
助けて....
誰か、助けて......
暗闇の中を這うように、どこをどう歩いたのか分からない。
誰かが俺のことを呼ぶ。
「......翔くん...」って。
声の方を見ると、そこには松潤がいた。
『パスタ作るよ』...って。
今は、一人でいたくない...
誰かに寄り添っていたい...
大丈夫だよ、って...そう言って抱き締めて欲しい...
俺は松潤に、黙って頷いた。
松潤はパッと顔を輝かせ、俺のことをエスコートするように軽く背中に手を回して廊下を歩いた。
そのさり気なさが今は嬉しかった。
『俺、一人じゃないんだ...』って。そんな気がして。
松潤の存在が、この瞬間、俺の心の支えだったんだ。
ニノと智くんが付き合ってるのも知ってる。
そういう関係だってことも...
ニノに幸せにしてもらって...なんて、綺麗事言ってても、実際に二人が一緒に居て、楽屋でキスなんかしてるって分ったら...
俺は、こんなになっちゃうんだな...
自分で自分に驚いた。
割り切ったつもりでいたのに。
もう、忘れようって、そう決心したのに...
あんな場面に遭遇すると、こんなに揺れ動いてしまう気持ち...
もう...智くんのこと、忘れたい...
彼が好きだったことも...
身体を重ねた記憶も...
すべて、全部...
「翔くん、大丈夫?」
車の運転席から心配そうに俺に声を掛ける松潤。
彼の目をじっと見つめて
「キスして...」
そう言った。