第8章 モノクロ
【潤side】
翔くんと楽屋を出て、他愛もない話をしながら帰ろうとしてたんだけど、彼が思い出したように鞄の中を漁って、
「やべ、忘れ物したわ。先行って。じゃあ」
なんて言って、さっきいた楽屋へと戻っていった。
帰っても良かったんだけど、なんとなくそんな気になれなくて、俺はその場で翔くんを待つことにした。
だって折角二人で話してたんだ。
退院してからというもの、相葉くんが俺を警戒していつも翔くんをガードするように立ってて。
近づくこともできない。
だけど、今日はなんだか気が付いたらいなくなってて、楽屋にはリーダーと翔くんと俺と三人で。
翔くんは、リーダーから逃げるようにさっさと荷物を纏めて楽屋を出たから、思わずその背中を追いかけた。
「車まで一緒に行こうよ」
緊張しながら背中に声を掛けたら、振り向いて優しく笑ってくれて。
俺を、拒否しないでいてくれる。
それがとてつもなく嬉しくて。
だから、もう少しだけこの時間を共有したい。
ただその思いで、壁に凭れて彼を待つ。
だけどなかなか戻ってこなくて。
おかしいな…忘れ物取りに行っただけじゃなかったのかな?
気になって、見に行こうかと身体を起こした時、廊下の向こうから翔くんが歩いてくるのが見えた。
「翔くん、遅かった…」
声を掛けようとしたけど、あまりにもその顔色が悪くて、足取りも覚束なくて。
思わず、駆け寄った。
「…どう、したの…?」
聞いても、俯いてぼんやりと足元に視線を落とすだけ。
「翔くん…」
「…なんでも、ない…」
明らかになんでもなくないのに、そう言って。
魂の抜けたような顔で、ふらふらと出口に向かって歩き出す。
考える間もなく、その腕を掴んだ。
「なんでもなくないよ!なにがあったの?」
「…別に…」
「翔くんって!」
大きな声を出しても、俺の方を見ることもしない。
「…離してくれ…帰んなきゃ…」
まるで、ロボットみたいに感情のない声で、感情のない瞳で…。
放っておけるわけ、なかった。
「…うちに、おいでよ?この間さ、旨いパスタを教えてもらったんだ?作ってあげるよ?」
心臓が飛び出しそうに緊張しながら、誘ってみる。
翔くんはゆっくり顔を上げて、俺の顔をじっと見つめて。
やっぱり感情のない顔で、静かに頷いた。