第8章 モノクロ
【智side】
「だめだな、俺…」
浴室の床にぺたりと座り、シャワーを全開にして頭から熱めのお湯を浴びながら、俺は一人言ちた。
さっきの顔…。
あいつ、感情を隠すのなんてお手のもんの筈なのにさ。
最近、俺の前じゃコントロールが上手くいかないみたいだ。
不安で不安でたまんないって顔。
俺のせいだよな…。
昨日、自分ちに帰ったりしたから…。
わかってる。
わかってるんだけど、どうしても一人になりたいときがあって…。
じゃないと、息が出来なくなる……。
俺は浮かび上がった幻を振りきるように、力任せに頭と身体をガシガシ洗うと、シャワーを止めた。
「え〜?びしょびしょじゃん!髪の毛くらい乾かしてきなよ!」
ぽたぽたと髪の毛から滴る水滴をタオルで拭きながらリビングに戻ると、テーブルの上にハンバーグを並べてたニノが慌てて駆け寄ってきた。
「お、旨そう!」
構わずに椅子に座ると、首に掛けてあったタオルで頭を拭いてくれる。
「もう〜風邪引いたら大変でしょ?」
…翔くんも、いつもそれ言ってたな…。
「大丈夫だよ。おまえは俺の母ちゃんか!」
「やだよ!こんな手のかかる子ども!」
わざと突っかかるような言い方すると、ニノも負けじと言い返してきて。
ようやく、少し頬が緩んだ。
「どう?」
「うん。ふつー」
「ふつーってなによ!失礼な!」
「いや、ふつーに旨い」
「じゃあ、旨いって言いなよ!」
なんて、じゃれあいながら飯食って。
10年も一緒にいたのに、翔くんとは向き合って飯食ったこともなかったな…。
ただ、あの部屋で、言葉もなく抱き合うだけ…。
いつか終わりがくるんだったら、怖がらずに伝えればよかった。
好きだよ、翔くんだけが大好きだよって。
もう、出来ない。
胸の中で燻り続ける、行き場をなくしたこの思いを見ないふりして、生きていくしかないんだ。
「…どうしたの?」
ソファに座ってぼんやり考えていた俺の隣に座って、ニノが遠慮がちに声を掛けてきた。
「…いや、このテレビ面白いなと思って」
見てもなかったテレビを指差す。
「へぇ、そうなんだ〜」
信じてないくせに、笑顔でそう返してくるから。
距離を取って座った彼の膝の上に、跨がって。
「な、なに?」
驚いた顔の真ん中にある唇に、噛み付いてやった。
「な、なに…?」
「ヤろーぜ?ニノ…」