第8章 モノクロ
【和也side】
『今日はハンバーグにするよ』
大野さんにLINEしてみた。
夕べは描き上げたい絵があるとかで、自分のマンションに帰るって連絡があった。
『今日はこっちに帰る?』そう素直に聞けなくて、メニュー何か知らせて、様子を伺う。
そんな自分が悲しくなるけど、仕方ない。
程なくして『ハンバーグ楽しみ』とレスがあった。
ほっと胸を撫で下ろす。
....今夜は帰ってくるんだ...
『一緒に暮らそう』って言ってみたけど。
こんなふうに、帰ってこない日もある訳で...それは仕方ないんだけど....でもね....
痛いくらいに感じるんだよ。
大野さんの奥にある、あの人の影...
仕方ないんだ....
人の気持ちなんてさ、そんなに直ぐに切り替えられるもんじゃない....だから今は、待つしかない。
俺の気持ちを押しつけ過ぎずに。
でも、ちゃんとしっかり届けていく...
そうすれば、いつかちゃんと、俺のことだけを愛してくれる...そうだよね..?
仕方ない....
仕方ないんだ.....
呪文のように胸の中で繰り返し、
俺は冷蔵庫から、挽き肉と卵を出した。
志村動物園が終わる頃、大野さんは帰って来た。
「お疲れ〜♪ご飯にする?それとも先に風呂入る?」
矢継ぎ早にそう聞く俺を、あなたは笑った。
「何だよそれ...ドリフのコントじゃねぇんだから...『それとも、私〜?』ってな...ハハハッ...風呂先にする〜♪」
そう笑いながら、大野さんは風呂場に行ってしまった。
.....なんだよ、それ...
「はぁ〜...」俺は大きなため息をひとつ吐くと、スープを温めにキッチンに戻った。
俺もまだまだだな...
自然と笑いが込み上げてきた。
アカデミー賞最優秀が聞いて呆れるよ。
目の前の人ひとり、騙せなくて、何がアカデミーだっつ〜の....
大野さんのチャイムと一緒に、甲斐甲斐しい恋人の役、きちんと演じたつもりだったのに。
あの人はちゃんと見抜いてた。
そんな俺のこと.....
まんまの俺で、ぶつかっちまいたいよ、本とは。それが出来ないから、苦労してんだよ...
『翔ちゃんのことなんか、もう忘れて!俺だけを見て!俺の方があんたのこと、愛してる』
キッチンの上で、握り締めた拳が、
小さく震えた。