第2章 乱夜。
私を組み敷いていた彼は
横にずれて隣に座り込み
無言を貫く私を見つめる。
加州『あるじ…?』
弱々しい声音でむしろ
こっちが苛めているようだ。
(はぁ…。)
加州『ゃ、だ。主…ねぇ…主。』
まるで赤子のように縋る彼に
根負けしてやれやれと下から
見返してみた。
加州『………ひっ、く。』
(泣かしたのは私か、私だな。)
加州『ごめ…ごめん、なさ…ぃ。』
ぼろぼろととめどなく溢れる
涙が悲しい音色を奏でるようだ。
『…仕方ないなぁ。』
そんな言葉で片付けられる程
簡単な事じゃない、そこまで
優しくもないからね…でも…、
『今回だけならいいですよ…。』
そう呟いてシワだらけになった
上着で汗ばんだ手を拭いてから
彼の頭をゆっくりと撫でた。
少しキシキシとした髪質を
整えるように撫でてゆく。
光を伴わない瞳で悲しげに
揺れる視線と目が合う。
加州『…ゆるして、くれるの?』
『今回だけです。今回だーけ。』
加州『俺のこと………捨てない?』
『元より捨てるなど言ってません。』
加州『…必要としてくれるの…?』
彼は求めていた、ずっとずっと…、
不安と恐怖を抱きながらずっと…、
『愚問ですね。』
その言葉にビクリと彼の
体が大きく強ばってしまった。
慌てて撫でていた手を彼の頬に
添えると涙が手を濡らしてゆく…
『貴方がいいんですよ、"清光"。』
加州『………、名前。』
『呼びたくなったんです。
貴方の名前を、貴方自信を。』
名は愛となりて呪いと化す。
なんて残酷な言葉だろうと思った
だけど、今は呪いなんかじゃない。
加州『……はは…っ。』
だってこんなにも、
加州『あれ…なんでだろ…
涙止まんない…止まんないや。』
満ち溢れているのだから。
これを愛と呼ばずに何と言う。
『綺麗な涙ですね、"清光"。』
その言葉に彼はまた
綺麗な涙を零して微笑んだ。