第43章 満天恋月 ー 織姫争奪戦 ー / 家康END
「この梶の葉に願い事を書いて、小川に流すんだ」
「葉っぱに、墨で書くの?」
「そうだよ、梶の葉は『天の川へ渡る船の楫(かじ)となって願いが叶えられる』って信じられているから」
「へぇ……!家康、物知りだね!」
説明すると、舞は目をキラキラ輝かせ、心底尊敬したように見つめてきた。
梶の葉を使った七夕行事は、古くから宮中行事として行われていて。
梶の葉に和歌を書いて願い事をしていたとか。
でも、そんなに畏まらなくても、舞と一緒に秘密の七夕祭りとして祝えたら……
そう思って用意したものだった。
(まぁ、舞と一緒なら、なんでも特別なんだけどね)
手持ちの行燈を下に置き、小さな硯箱(すずりばこ)も下に置いて、書く準備をする。
そして、舞の手よりかなり大きな梶の葉を一枚。
筆と一緒に手渡した。
舞は相変わらず子供のように、キラキラした瞳で見つめてきて……
気を抜けば、うっかりそのまま手を出してしまいそうだ。
「家康はなんて願い事をするの?」
「内緒」
「えー、教えて、お願いっ」
「駄目」
「家康のケチ」
「舞の駄々っ子」
くすくす苦笑して、ぷぅっと膨れる舞の頬を突っつく。
温かなモノが心に流れ出して……
本当に時間まで止まっているように感じられる。
こんな風に舞と過ごせる事。
それは、奇跡みたいに幸せで……馬鹿みたいに嬉しい。
(俺の願いは…これしかないな)
硯から墨を付け、葉の裏側にサラサラと筆を走らせる。
ずっと思い描いていた事。
人質だった幼少時代、この乱世という世の中で。
それでも希望は見失うまいと──………
そうして心に決めた事。
それを上手く文字にして、願いにする。
まぁ、舞と出会った事で、形は少しばかり変わったかもしれないが。
「舞、書けた?」
「うん、書けたよー!」
「じゃあ、一緒に川に流そうか」
「うんっ」
声を掛けると、舞は本当に嬉しそうに可愛く返事をした。
お互い手を取って川岸に行き、しゃがみ込む。
そして『せーの』で、梶の葉を川へと離した。