第34章 桜の追憶『狂想恋歌』 / 石田三成
足を走らせ、その視界の先に映ったものは。
数匹の狼と。
それに襲われている。
舞の姿。
「舞…………っ!」
三成が腰の刀を抜いて、叫んだ瞬間。
狼がこちらに気がついた。
唸りながら向かってくる狼を斬り捨て。
舞に素早く近づき、抱き上げる。
身体を伏せていた舞は、突然抱き上げられ、驚いたようにうわずった声を上げた。
「三成君!」
「話は後です、逃げますよ!」
そのまま馬を待たせているほうに走り出す。
足にまとわりついてくる狼を、刀で薙ぎ払いながら。
舞が何か言っていたようだったが、それを聞いている暇はない。
三成は舞を馬に乗せ、自分もひらりと飛び乗ると。
馬を走らせて、森を抜けた。
冷たい冷たい雨が、漆黒の夜に降り注ぐ。
舞の身体も、氷のように冷たくなっていた。
舞を自分の御殿まで連れてくると、湯浴みに直行させ、褥へと寝かしつけた。
火鉢で炭をがんがん燃やし、部屋中を温める。
その必死な様子を褥の中で見ながら、舞は申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめん、三成君……」
その消え入りそうな声を聞いて、三成は体制を褥へと向き直った。
そして、優しく微笑みながら、壊れ物を扱うかのように、そっと舞の額に触れた。
「謝る必要ないですよ、ただ貴女が無事で良かった」
「……っごめ……っ」
「だから、謝らないで下さい」
起き上がろうとしている舞の身体を支える。
舞は三成の身体にもたれ掛かりながら……
少し遠い目で火鉢を見ていた。
「……森に、何をしに行かれたのですか?」
暫しの沈黙の後。
三成は舞にそっと尋ねた。
舞は唇を噛んで、押し黙っていたが……
やがて、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……探し物をしていたの」
「探し物?」
「うん……さっき湯浴みの時見たら、ぐちゃぐちゃになっちゃってた。 懐に入れてたんだけど」
そう言って、舞は懐から何かを取り出した。
それは三成の瞳のような鮮やかな紫色をした……
ケシの花によく似ている、小さな花だった。