第34章 桜の追憶『狂想恋歌』 / 石田三成
「え、舞様が帰って来ない?」
「ああ。 雨も降ってきたのに、どこへ行ったんだか」
秀吉が、ちょっと不安げにため息をつく。
弥生月に入った今日は、朝は晴れていたが、ひどく冷える日だった。
そう言えば、今日は舞の姿を見ていない。
もう、戌の刻近くになるが……
「ちょっと捜しに行きますね」
「悪いな、三成。 頼む」
三成は馬に乗ると、そのまま舞の行きそうな所へ出向いた。
反物屋や、馴染みの茶店。
しかし、暗くなっているせいか、何処もハズレで。
舞の姿は無かった。
(結構冷えてきたな……)
天からは大粒の雨が降り始めている。
そのせいか一気に冷え込み、三成は思わず身体を震わせた。
こんな寒い中、舞は何処へ行ったのだろう。
馬を走らせ、城下の外れまでやって来る。
この辺には深い森があり、もし舞がこっちの方まで来ていたとしたら……
(もし迷っていたら、かなり危険だ)
三成はそのまま森へと馬を踏み入れた。
森は、あまり人が通るようには出来ていない獣道が多い故に、崖なども多数ある。
もし、舞がここへ来ていて、迷っていたとしたら。
野犬などに襲われていたら。
崖から足を踏み外していたら……
悪い想像ばかりが頭をよぎる。
無意識に舞が見つからない事を祈り、そのままゆっくり馬を進めていた時だった。
「助けてぇ!」
道なき道の奥から、微かに聞こえた悲鳴。
三成は目を見開いた。
その声の主に、一発で辿り着いたからだ。
「舞様……っ!」
三成は馬から下りると、その声のするほうへ走り出した。
こんなに細い道では、馬は邪魔になる。
それに馬の足音で、声がかき消されてしまう。
「舞様、何処ですか?!」
姿を探して何度も足を止め、辺りを伺う。
降り注ぐ雨と闇が視界を邪魔して、遠くまで見えない。
「くそっ……」
雨でへばりつく髪をかき上げる。
戦でもこんなに息は上がらない。
なのに、今はこんなにも息苦しい。
それでも足を走らせ、進んで行くと。
視界の先に、微かに何が動いたのが見えた。
識別は到底出来ない、しかし。
三成には、その正体を認識するには充分だった。