第32章 弥生月の願い鶴 / 豊臣秀吉
「……っ」
その中の光景に、秀吉は目を大きく見開いて絶句した。
部屋の中は綺麗な花が飾られ、綺麗に盛りつけられた御膳が。
そして、驚いたのが。
天井から、所狭しと折り鶴が釣り下がっている。
数百羽……いや、千羽?
びっくりしていると、舞が満足げに微笑んだ。
「びっくりした?」
「びっくりした……どうしたんだ、これ」
すると、舞は部屋の中に入って両手を広げた。
「料理と花は、宿の人に頼んだの。 秀吉さんが大好きな花と料理と……でね、この折り鶴は願いの折り鶴だよ」
秀吉も部屋に入り、舞と向かい合う。
「願いの折り鶴?」
尋ねると、舞は花のように微笑んだ。
「安土のみんなで折ったの。 これからも秀吉さんに沢山の幸せが訪れるように、素敵な人生になりますように……信長様も政宗も、家康も光秀さんも三成君も、町の人達も。 みーんなに折ってもらったの」
あまりの事に、言葉が出ない。
すると、舞は部屋の風呂敷包みから何かを取り出し……
改めて、秀吉に向き直った。
「秀吉さんに、文を書いてきました。 恥ずかしいけど、読むから聞いててね」
舞は一つ咳払いをし……
しっかりした口調で文を読み出した。
『愛する豊臣秀吉様。
お誕生日、本当におめでとう。
こうして一緒にお祝い出来るのが、すごく嬉しいです。
私達は最悪の出会い方をしてから、本当にいろいろな事がありましたね。
信長様の命を毒針から救った時から、貴方に認めてもらい、私達は兄妹のようになったけど。
私はいつしか貴方を兄とは思えなくなってしまい、妹と言う立場が心苦しかった。
私は秀吉さんの事を『好き』ではなく……
どうしようもないくらい『愛して』しまっていたから。
貴方は私を遠ざけようとした時もありましたね。
出陣の前口付けた事も、全て忘れろと。
けれど、私は貴方への想いは断ち切れず……
また貴方も同じ気持ちでいてくれた事。
想いが通じあって、初めて貴方に抱いてもらった天幕での夜を、私は片時も忘れた事はありません。』