第19章 探偵たちの夜想曲(ノクターン)
──瀬里奈side
泥のような眠りから覚める。
「あ、気がついた?」
まず最初に目に入ったのは白い天井。そして、横で何やら作業をしている看護師さんだった。
「……ここは……」
「警察病院よ。待ってて、先生呼んでくるから……」
そう言って看護師さんはどこかへ行ってしまった。
やがて先生が部屋に入ってくる。
「君は自分の名前は分かるかい?」
そう問われ、私は「え……」と言葉に詰まった。
私の名前……名前……。
「……分からない」
名前すら覚えていない……
「そうか……。じゃあ、他に何か覚えてることはあるかい?」
覚えてること……?
そう……確か、私は初めて目が覚めた時、トイレの中で……ガムテープで拘束された女の人と、頭から血を噴き出してる男の人を見て……その場にいた眼鏡の男の子が私のことを「瀬里奈姉ちゃん」って呼んでて……
でも私はその子のことを知らなくて……
それをゆっくり、ぽつりぽつりと話すと、先生は「ふむ……」と考え込むそぶりを見せた。
「……?」
「どうやら心因性の記憶障害だね。何かショックな出来事があったんだろう……。それか、何かのスイッチで昔のショックな出来事がフラッシュバックした、とかね」
「フラッシュバック……」
私はその単語を呟いた。
そして先生に問う。
「あの……ここに来る前に私がいた所って……」
「ん?君がいた所?ああ……毛利探偵事務所だよ。それがどうかしたのかい?」
「……そこに行っても構いませんか?」
私がそう言うと、先生は軽くため息をついた。
「構わないけど……君は今までの記憶が全て抜け落ちてる。あそこに行っても何もできないと思うけどね」
「でも……何だか、行かなきゃいけないような気がするんです……。駄目、ですか?」
そう言うと、先生は困ったように笑い、「仕方ないね」と言ってくれた。
そして警察の人──高木刑事っていうらしい──が来て、私は再び毛利探偵事務所に入った。