第1章 Praying Night
『空神様』は現れて三日もしない内に、威圧的な態度と暴力を持って犬族の頂点に君臨した。
犬族の皆はそんな『空神様』に脅えながらも、それでも仕えるべき主人が出来た事を喜んでいる様でもある。
必然的に同じ種族である私が『空神様』の身の回りの世話を受け持ったのだけれど、生来鈍臭い私は「コノヤロウ」「バカヤロウ」と頻繁に罵られた。
だけど何故か私も『空神様』の事を嫌いでは無かった。
『空神様』の言動は常に真っ直ぐだったから。
『空神様』と共に在れば、自分も綺麗なままで居られると思えたから。
ある晩、『空神様』と二人きりになった時に突然訪ねられた。
「なあ……手前ェも日本人なんだろ?」
「はい。」
「見る限り俺と同じ時代の奴だよなァ。
手前ェは『いつ』の『どこ』から来やがった?」
「昭和20年3月10日の東京から……です。」
私の答えを聞いた途端『空神様』は息を飲み、その目が切な気に細められる。
「…………東京大空襲か。」
「え?」
その呟いた言葉が聞き取れず私が聞き返すと
「いや……何でもねえ。」
『空神様』はずいと近付いて来て襟巻を外し、それを私の首にふわりと巻いてくれた。
「あ…あの………」
一体どうしたのだろうと私が戸惑って居ると『空神様』はいつもの威圧的な口調で言い放った。
「もう寝ろ!」
「…………え?」
「今夜は冷える。
それ巻いて寝ろ。
直ぐ寝ろ!
もう死んだ様に寝ろ!!」
…………これは『空神様』の優しさなんだ。
それに気付いた私は堪らなく嬉しくて、微笑みながら頷く。
「はい。
ありがとうございます。
おやすみなさい。」
「おう!
朝まで起きんじゃねーぞ!」
『空神様』が巻いてくれた襟巻は少しだけ汗の臭いがした。
でもその臭いを嗅ぐと凄く落ち着いて……私は久し振りにぐっすりと眠る事が出来たんだ。