第10章 願の先に
何が起こったのか一切わからず、私の頬にはナニかがベチャッと当たる感触がありました。
確かに分かることは私を抱きしめていたはずのアベルさんはその場に崩れていったことだけ。
「…アベルさん?」
背中からはドクドクと大量の血が流れて、それに比例するかのようにアベルさんの顔はどんどん青白くなっていきます。
「俺のアリスを返せ!」
声のした方を見るとそこは私と別方向に逃げて行ったはずのエリオットさんの姿がありました。
その手には以前も目にした人を傷つける銃。
素早く反応したのはマルコさん。
おそらくエリオットさんの方に向かっていったのでしょう。
遠くで誰かが騒いでいます。
けど、実際に何を言っているのかは全く分かりません。
まるで全てを遮断しているかのように、今私の頭は何も考えられなくなっていました。
「アベルさん、起きてください。アベルさん…」
必死にゆすってもアベルさんは反応をしてくれません。
その間にエースとサッチさんが船医さんを呼んでくださって、手当をしてくださっています。
ただ、当たり所が悪かったらしく船医さんも額に汗をかきながら必死でアベルさんに声をかけています。
「アベル!戻ってこい!」
マルコさんもこちらに戻ってきて必死にアベルさんに声をかけています。
しかし、状況は一向に良くなる気配がありません。
「アリス…」
アベルさんはか細い声で私の名前を呼びました。
私はアベルさんの手を握って、頬の近くに寄せました。
「…何ですか?」
アベルさんは必死に私に何かを伝えようとしていますが、それが何なのか全く分かりません。
私も何とか声を聞き取ろうと口元まで耳を寄せます。
聞こえたのはかすかにアベルさんの声と後はヒューヒュと息が出ている音だけ。
アベルさんはもう話すことをあきらめたのか最後の力を振り絞って私を抱きしめてくれました。