第4章 及川徹
春の風になびく栗色の髪。
「いい風だね」
青葉城西バレー部のキャプテン及川徹は、いわゆるイケメンと呼ばれる類の顔に華やかな笑みを浮かべると、ゆっくりと天を仰いだ。
スカイブルーの空を切り裂く一筋の雲は、まるでコート上の白線。
幅わずか五センチのラインで仕切られたコートに、渾身のサーブを叩きこむ時の高揚感は、オトコの本能ともいうべき欲求を満たすあの瞬間とどこか似ている。
そんな不埒な考えを追い出すように、徹は乱れた前髪をサラリとかきあげた。
「どうしたの?眉間にシワ、出来てるよ」
額に触れるヒヤリとした指に一瞬声を失う。
隣で小鳥のように首を傾ける彼女の艶やかな髪が、肩をすべり、なめらかな曲線を描く胸元にこぼれ落ちるのを目の端で追いかけながら、徹はむせかえるような劣情を懸命に飲みこんだ。
「心配してくれんの?優しいなぁ、結ちゃんは」
病院の中庭にならぶ簡素なベンチ。
日当たりがいいとはいえ、あまり長くこの場所にいることは、身体が弱く、入退院を繰り返している彼女にとって良くないことは分かっていた。
(でも、もうちょっとだけ)
ふたつの無垢な瞳に、徹は自慢の笑顔をプレゼントすると、離れていく細い指に手を伸ばした。
「触んな。菌がうつる」
絶妙なタイミングで入るのは、小学校からのくされ縁、岩泉一の鋭い声。徹は彼女を挟むように座っている男前に向かって、口を尖らせてみせた。
「ちょっと岩ちゃん。人の恋路をジャマしないでくれる?いくら幼馴染みだからって、結ちゃんは岩ちゃんの彼女でもなんでもないんだからさ」
「何が恋路だ。この年中発情色ボケ男が」
「ちょ、レディの前なんだから言葉えらんで!」
「なんも間違ってねーし」
「コラ。ハジメちゃん」
「お前なぁ、ちゃん付けはやめろって何度も言ってんだろ」
彼女の少しハスキーな声が蜜のように甘く香るのは、『ハジメちゃん』と幼馴染みを呼ぶ時だけ。
やわらかそうな肌に唇を這わせ、少し強く吸いあげたら、キミはどんな声で啼くんだろう。桜のように頬を染め、のけ反る首筋に歯を立てたら──
足元に茂る芝生のまぶしい青から目を逸らし、新鮮な空気を取り込むように深呼吸をひとつ。
(ウン、大丈夫。まだ……)
輪郭をなくし空に溶けていくひこうき雲に、徹は小さく唇を噛んだ。
end