第18章 紫原敦 *
「春の嵐から一転、今日は晴天に恵まれて本当によろしゅうございました」
「は、はぁ。有難う……ございます」
頬を何度も往復するチークブラシは、見たこともない特大サイズ。
だが、どれだけピンクに染まっているのか不安を覚える隙も与えられないまま、花嫁として整えられていく波に、私はなす術もなくのまれていった。
念入りに施されたメイクに、高く結い上げられた髪。背中を流れ落ちるベールもなんだか恥ずかしくて、鏡を直視するなんて出来そうにないけれど。
「そろそろお時間でございます」
「ハ、ハイっ!」
進行係の淡々とした声に、小さく飛び上って椅子を盛大に倒してしまったことは、いつか笑い話として彼だけには話してもいい。
彼は私の大切な、たったひとりの特別な人だから。
足元に絡みつく純白のドレスの裾に何度も躓きそうになりながら、笑いをこらえる介添人の手を借りてようやくたどり着いたチャペルのドアを前に、むきだしの肩がわずかに粟立つ。
そう──私は今日、彼と永遠の愛を誓う。
あらためて押し寄せる緊張感と高揚感に足が震え、花嫁入場を告げるパイプオルガンの荘厳な音も、右から左へと抜けていく。
あんなに選曲に悩んだのに。
スローモーションのように開くドアの先、今日の主役である花嫁の姿をいち早く見ようと、一斉に振り返る参列者達の姿も、何ひとつ目に入ってこない。
ただひとりを除いては。
「……敦」
足元から一直線に伸びるバージンロードのはるか先、シルバーのタキシードに身を包んだシルエットが、ゆっくりとこちらに顔を向けたかと思うと、スミレ色の瞳が優しくほころぶ。
病める時も健やかなる時も、大好きな人のそばにいられるなんて
誓いの言葉も
誓いのくちづけも
貴方だけに捧げるから、早くそのたくましい腕で抱きしめて
あの奇跡のような夜から二年。
小さいながらも、自分の店を持つまでになった彼お手製のウェディングケーキに入刀する時に身をつつむドレスは、大好きな髪の色を写しとったかのような淡いパープル。
照れ屋の旦那さまは、似合うと言ってくれるだろうか。
控え室で粛々と出番を待つお色直しのそれに、「もう少しだけ待っててね」と心の中でつぶやくと、私は最愛の人が待つ祭壇へと、慣れないヒールでぐらつく足をおずおずと踏み出した。
end