第18章 紫原敦 *
「あ、このアイスはすぐに食べるやつだから、袋に入れないでくれる~?」
「ハ、ハイっ!」
大量の商品が入ったカゴを軽々とカウンターに置き、おっとりとした口調でアイスの箱を指さす彼とはじめて会ったのは、あたたかい陽射しが降りそそぐ春の日だった。
始めたばかりのコンビニのバイトで、ガチガチに緊張していたことすら忘れてしまうほどの長身に目を奪われながら、満開を迎えた桜よりも印象的な髪が、胸の奥に一瞬で焼きつく。
それは、一番好きな花の色と似ていたから……という理由だけではない気がした。
『彼がどの道を選んだとしても、その名を歴史に刻むことは間違いないだろう』
二メートルを越す身長と、日本人離れした長い手足。そして、その恵まれた身体を自在に操る天賦の才をも持ち合わせた男の選んだ道は──パティシエだった。
「いらっしゃいませ」
「ん。コレよろしく~」
たびたび店に姿を見せる彼が、“十年にひとりの天才”としてバスケットボール界を揺るがすほどの有名人だと知ったのは、本屋で偶然見かけたスポーツ雑誌。
菓子やアイスの箱買いは当たり前。限定や新発売という名の商品にはすべて手を伸ばし、パンパンに膨らんだコンビニの袋を、まるで宝物のように持ち帰る大男は、店では別の意味ですでに有名だったが。
「あ。新発売のポテチトップス、やっと入荷しましたよ」
「え、マジで。ありがと~」
そんな会話を自然と交わすようになったのは、季節が春から夏へと衣替えをはじめる頃。
満面の笑みを浮かべ、浮き浮きと陳列棚を目指す大きな背中が、ふと立ちどまり、振り返る。
「あのさ~この辺でオススメの店とかあったら教えてほしいんだけど」
「……え」
元々、休みの日にはスイーツ店をハシゴするほど甘いものが好きだったこともあり、ただの店員と客という関係から、特別な関係になるまで、それほど時間はかからなかった。
「だるい」「しんどい」「面倒くさい」が口ぐせの彼が、実は情熱的な人間だということも、少し素直じゃない性格も、知れば知るほど好きになっていく。
そして、一日遅れが当たり前になったバレンタインの夜。大好物のガトーショコラと、誕生石入りの指輪とともに贈られた言葉は、今でも私の大切な宝物。
甘くて、熱いハートを持った大きな胸に抱きしめられながら、私はあの日、喜びの涙を流した。