第14章 黄瀬涼太 **
「せっかくイルミネーション見に行く約束まで取りつけたってのに、何の進展もなかったってどーいうことっスか」
『だ、だってよ……』
携帯の向こうから聞こえる声は、何度も耳にしたあの怒声の持ち主とは思えないほど弱々しい。
(まぁ、らしいといえばらしいっスけど)
黄瀬涼太は大きく息を吐きながら、自慢の髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。
こっちは毎日練習三昧で、イルミネーションどころかデートすらままならないってのに。
「で、初詣は?も ち ろ ん 行ったんスよね?」
『おう、スターキーの連中とな。ちなみに今年は大吉だったぞ』
ドヤ顔ならぬドヤ声に、ズキズキと頭が痛む。
「そんなこと聞いてんじゃないんスよ!」
「黄瀬さん、何騒いでるんですか?私そろそろ帰りますけど」
開けたままのドアから遠慮がちに顔を出すのは、付き合いはじめて一年になるマネージャー兼恋人。
全国制覇の夢はまたしても逃してしまったが、彼女を送る役目は誰にも譲るつもりはない。
「ちょっと待って!送ってくから!」と通話口を手で押さえ、ともすればひとりで帰宅しようとするつれない猫を足止めすると、黄瀬は早口でまくしたてた。
「とにかくムード作りは忘れずに!でも、ここぞという時は強気で攻める!バスケと同じっスよ!じゃ、健闘を祈るっス!」
『お、おい!黄瀬っ!』と引き留めようとする声を無視した代償は、ケリひとつでは済まないかもしれない。
だが今は、彼女の隣に少しでも長くいることが最優先。
(すんません!笠松センパイ!)
心の中で謝りながら、黄瀬は携帯をベッドに放り投げると、コート片手に部屋を飛び出した。
「お待たせ。行こっか」
「今の電話、もしかして森山さんですか?強気で攻めるとかまた適当なこと言って」
電話の相手が本当は誰なのか。
そして、その責めるような上目遣いが、お預けをくらった駄犬をどれほど刺激するのか、どうやらまだ分かっていないようだ。
カチリ
頭の中で音がする。
「あ。結、忘れ物」
「え」
「なーんてね」
階段を降りようとしていた足を止め、ふりむいた華奢な肩を抱き寄せると、腕でガードしながら壁に押しつける。
「ちょ、黄瀬さ……っ」
「一回だけキス、させて?」
でも、結。
勿論そんなのは建前だって、さすがに分かってるよね。