第3章 東峰旭
「俺、ドリンク買ってくるわ。え、っと……なんかリクエスト、ある?」
別に私は、グイグイと女性をリードしてくれる人が好きなわけじゃない。
(……ないけど)
喧騒にかき消されてしまいそうな弱々しい声に、心の中でヤレヤレと首を振りながら、私は香ばしいポップコーンの匂いを胸に吸いこんだ。
「私も一緒に行っていい?ポップコーンも食べたいんだ」
「そ、そっか。じゃあ一緒に行くか」
あからさまに安堵の表情を見せる彼の、胸のうちは今日もタダ漏れ。
ガタイのいい身体と、初見では高校生だと信じてもらえない風貌を、店員に怖がられるのが怖いのだ。
なんて小心者で面倒で。
「おっと、大丈夫か?」
友人や恋人、そして家族連れで賑わう週末の映画館。
はしゃぎすぎて転んだ子供を目にとめ、迷うことなく駆けよる優しい背中が、でも、たまらなく好きだった。
「……泣かれた」
「あぁ、もう」
助け起こした子供に大泣きされて、クタリとしおれる背中に触れた指先が、熱を持つ。
──そう
私は知っている。
濡羽色の翼を広げ、取り戻したエースとしての自信を胸に、大空を舞う雄々しい姿を。
「何言ってんの、いまさら。東峰のいいトコは、その高校生離れした老け顔で、対戦校をビビらせる事でしょ。さすがに子供には刺激が強すぎたみたいだけど」
「それ……褒めてないよな」
「細かいことは気にしないの。澤村にまたヒゲちょこって言われるよ」
「ヒゲ、ちょこ……って何?」
「いーからいーから。ホラ、行こ!」
どさくさに紛れて絡めた腕のたくましさに、標準サイズの胸がときめく。
きっと貴方はそんな乙女心に気づきもしないんだろうけど。
でも、そんな鈍感なところも大好き。
「は、はい」
「なんで敬語」
「……スイマセン」
さり気なく合わせてくれる歩幅は、不器用な彼の精一杯の愛情表現だとジコチューな解釈をしながら、隣でヘコヘコと頭を下げる大男の腕に回した手に、私は少しだけ力をこめた。