第13章 笠松幸男 *
「ワリィ、遅くなった」
神奈川から電車を乗り継いで一時間余り。
スマホを片手にたどり着いたのは、今吉が通う大学の第二体育館。
さっき通りすぎた第一体育館よりも大きく、いかにも体育館といった面持ちの建物は、少し古い印象はあるものの、偏差値の高いことで有名な大学とは思えないほど設備の整った空間だった。
壁にひっそりと貼られた案内板によると、二階はトレーニングルームになっているらしい。
「お。笠松、お疲れさん。遠いとこ悪かったなぁ」
「いや、練習場所がなかなか見つからなくて困ってたから、マジで助かった。すぐ準備すっから先にアップはじめててくれ」
「準備言うたかって、もうジャージやんけ」
「ハ、まぁな」
当然のように入るツッコミを軽くかわしながら壁際にカバンを置き、そのまま腰を下ろした体育館の床が、服の上からひやりと肌をさす。
ふと脳裏をよぎるのは、『今週は徐々に気温が下がり、紅葉も一気に進むでしょう』というニュースの声。
大勢の学生が行き交う中、駆け足で通り抜けた銀杏並木も、そういえば色を変えていた気がする。
間近にせまった冬の訪れをひしひしと感じながら、笠松幸男は口から小さく息を吐き出した。
この息が白く染まるようになるまで、そう遠くはないだろう。
「なんや、笠松。溜め息なんかついて……悩みごとやったらワシが相談に乗るで?」
からかうような関西弁への対抗手段など、この世に存在しないことは学習済み。
すでに着替えを済ませ、壁に背中を預けたまま片手でボールを弄ぶ今吉の張りめぐらされたアンテナに、今度は本物の溜め息がこぼれる。
「そんなんじゃねーよ」
(つうか、例えそうだとしても、お前にだけは相談しねーけどな)
何かを推し量るような眼鏡越しの瞳を正面から見据えると、笠松は白い歯を見せてニヤリと笑った。