第12章 火神大我
「アメリ、カ……?」
瞬きすることも忘れ、大きく見開かれたふたつの瞳が困惑へと色を変える。
今朝はめずらしく寝坊でもしたのだろうか。肩先で右へ左へと跳ねる髪を押さえたままフリーズするクラスメイトから、火神大我はバツが悪そうに目をそらせた。
アメリカでのバスケの師であるアレックスから『こっちの高校に来ないか?』と電話を受けたのは、残暑の陽射しがふりそそぐ通学路の上。
自分の身体を日よけにしていた相棒のいぶかしげな瞳と、彼そっくりの犬がちぎれんばかりに尻尾を振るのをうわの空で目に映しながら、とっさに頭に浮かんだのはひとりの同級生──水原結の顔だった。
自分でもまだ気持ちの整理がつかないまま到着した教室で、いつものように「おはよう」と屈託のない笑顔を向けてくる彼女に、どうしてこの話を打ち明ける気になったのか。
居心地の悪さから、無意識に首元に伸ばした指に、だが誓いリングが触れることはなかった。
それはもちろん決別ではなく、カタチあるものに頼らなくても繋がっていられると確信した証だ。
「いや、まだ……決めたわけじゃねーんだけど、その……ウィンターカップ予選もこれから、だし」
古典の授業中に運悪く当てられて、意味不明の古語を読まされている時のようにしどろもどろになりながら、くしゃりとかきむしった髪は、彼の情熱的な性格を表したような炎の色。
夏らしく、短く切ったばかりのそれは、二年生になって精悍さを増した彼によく似合っていた。
「そんな気がしてた」
「……え」
静かな声と予想外の返事に、一瞬耳を疑う。
「いつかこんな日が来るんじゃないかって思ってた。でも……」
やっぱり淋しいね、と開け放たれた窓の外を見上げる横顔に、ドクンと胸の奥で何かが音を立てる。
(何だよ……これ)
背中を流れ落ちる汗と、加速する鼓動。
一気に温度をあげる身体とは反対に、血の気が引いたように感覚を失ってしまった指を、火神はこわごわと握りこんだ。