第8章 今吉翔一・牛島若利 【R18】
「ふぅ~さっぱりした」
床に飛び散る水滴などお構いなしに、頭からかぶったタオルで髪をガシガシと拭く。
こじんまりとしたキッチンの片隅に置かれた冷蔵庫の中から缶ビールを取り出すと、結はほどよく冷えた部屋へスキップしながら戻った。
「どっちも冷えてる~最高」
年中無休で、しかもわずかな電気代だけで黙々と働く家電って本当にえらい、と自分でも馬鹿馬鹿しいことを考えながらプルタブに指をかけた結は、ベッドの上で着信を告げる携帯にしぶしぶ手を伸ばした。
画面に映しだされる名前に小さく首を傾げ、今日が月曜であることを頭の中で確認する。
彼との逢瀬はいつも週末。
平日に、底なしの体力を持つ恋人につき合うほどのチャレンジ精神は、残念ながら持ち合わせていないのだ。
「もしもし」
『俺だ。今からそっちに行ってもいいか』
断られることなど前提にない口ぶりに、ふと湧きあがるイタズラ心。
「急に言われても困るんだけど」
『そうか。ではまた次の機会にしよう』
あっさりと引き下がる朴念仁に、「え」という本音の一文字をなんとか飲み込む。
素直に嬉しいとはいえない複雑な乙女心を、彼が理解してくれる日は果たしてやって来るのだろうか。
いや、でもそんな貴方だからこそ。
「今、どこ?」
『マンションの下に着いたところだが、気にしなくてもいい。何度か電話したんだが、連絡もつかないまま来てしまった俺が悪い』
電話に出なかったことを責めることなく、自分の非をあっさり認める男の声に、駆け引きなど微塵も感じられない。
「ちなみに……手土産は?」
『近くの中華のデリバリーを少々』
花より団子。
乙女心より美味な中華。
「下まで来てるなら追い返すのも気の毒だし……」と、前言を撤回する自分に罪はないのだと頭の片隅で言い訳をひとつ。
彼の勝利で終了した通話を切ると、濡れた髪を手櫛で整え、鏡に映るスッピンの顔をパシリと叩く。
Tシャツに短パンという色気のない格好を取り繕う暇はなさそうだ。
「ま、いっか」
待ちわびていることなどおくびにも出さず、ゆっくりと開けた扉の向こう側、ネクタイを緩める彼の表情を見るまで、結は自分の浅はかさに気づくことは出来なかった。