第7章 月島明光
バレーにしか活かされることはないと思っていた長身に頭の片隅で感謝しながら、軽自動車の狭い空間の中、助手席にこじんまりと座る恋人に身体を寄せる。
「月島、さん……」
おずおずと顔を上げる彼女の瞳の奥に、自分の都合のいい答えを求めてしまうのは、男のワガママなのだろうか。
「俺のこと、好き?」
一瞬の沈黙のあと、瞬きだけでYESと答える彼女の細い指に、深く絡めた指先でなめらかな肌を味わう。
その小さな手を、あたたかな温もりを、ずっと守ってあげたいと心の中で願いながらも、ザワザワと騒ぎだす胸の高鳴りを何と呼べばいいのだろう。
セッターから託されたトスに向かって床を蹴る、息苦しくも高揚するあの瞬間を思い出す。
「じゃあ名前で呼んで。じゃないと……」
キスしてあげないよ、とささやいた吐息が、艶めく唇に到達するまであと数センチ。
「……明、光さん」
「結ちゃん……」
くちづけを受け入れるように、静かに目を閉じた恋人に目を細め、まさに重なろうとしたその瞬間──
後方から響く鋭いクラクションの音に、ふたりは同時にシートから飛び上がった。
それは、無情にも動き出した車の波に、早く乗れと鳴らされる後続車からの催促。
「ちょ、ちょっと待って」
相手に届くはずのない言い訳を発しながら、明光はオタオタと運転席に身体を戻すと、ハンドルとサイドブレーキに手をかけた。
心臓がバクバクと鳴っているのは、発信を急かす警告音のせいだけではなく、タイミングを逸してしまったキスのせい。
気まずいにもほどがある。
「ご、ごめん」
隣でもぞもぞと居住まいを正す彼女が「……どうして謝るんですか」と小さな抗議の声をあげる。
嗚呼、今夜は彼女を無事に送り届けることが出来るだろうか。
ジワリと汗ばむ手のひらでハンドルを握りしめながら、明光は湧きあがる衝動を抑えるように、ブレーキを深く踏みこんだ。
end