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【黒バス/HQ】アイシテルの続き

第7章 月島明光



「ごめん、こんなに遅くなるはずじゃなかったんだけど。おうちの人は大丈夫?心配してないかな」

「はい。さっき連絡しておいたので大丈夫です」

フロントガラスの向こう側、延々と連なるテールランプに動く気配はまったくない。

月島明光は、ハンドルに額を押しつけると小さく息を吐いた。

後方から徐々に近づいてくるサイレンの音が、横を通り過ぎた瞬間に音階を変える。

いわゆるドップラー効果というやつだ。残念ながらその原理は何度聞いても理解できないが。

「やっぱり事故でしょうか。誰も怪我してないといいんですけど」

「そうだね」

渋滞にハマったことを愚痴るでもなく、見ず知らずの人を心配する優しさが胸に沁みる。

彼女なら、お世辞にも愛想がいいとは言えない弟とも仲良くやってくれるだろう。

いや、きっと、多分、そうに違いない。

少し気が早いかもしれないが、次の週末にでも実家に帰ってみようか。もちろん彼女を連れて。

「月島さんこそ、ずっと運転して疲れたんじゃないですか?」と気遣う言葉をくれるのは、つきあいはじめて三ヶ月の会社の後輩。

職場で思わず出ると困るからと、「月島さん」呼びをやめられない不器用な恋人と出会ったのは、部署替えで隣の席に来た彼女の指導役を任された、去年の秋のことだった。

新しい仕事を覚えようと、メモを片手に黙々と机に向かう真面目な横顔と、ときおり見せる花のような笑顔に、気がつけば心を奪われていた。

『もし!もし良かったら、お、おおお俺とつきあってくれませんか!』

玉砕覚悟で告白をしたのは、桜のつぼみがほころびはじめる春の夜。

『ハ、イ……よろしく、お願いします』

恥ずかしそうに頬を染めながら、小さく頷いてくれたあの幸せの瞬間は、今も胸に深く焼きついている。





「大丈夫だよ。ありがと」

一ミリも縮まらない前の車との距離を確認し、横目でそっと盗み見た彼女の笑顔に、渇きを覚えた喉が音もなく上下に動く。

早く送り届けてあげなければと頭では分かっているのに、この時間がずっと続けばいいと願ってしまうのはきっと──

(ヤバいな、俺)

視線は前方に固定したまま、明光は無意識に左腕を伸ばしていた。

探り当てた小さな手が、やわらかそうなスカートの上でピクリと弾ける。

それは拒絶か肯定か。

確かめたい衝動を抑えることは出来なかった。



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