第3章 手を伸ばせば届く距離
「…悪い。」
思う存分、月菜の胸で泣いた俺は、月菜に会う前にあった胸の突っかりが取れたような感じがしたが、ふと冷静に戻ると、とんでもなく恥ずかしい所を見られてしまったと後悔の念に駆られた。人前で、しかも女子を目の前に、恥ずかしげも無く涙を流すなんて人生一番の汚点と言っても過言では無い。だが、月菜は俺の涙なんか気にもとめていない様子だった。
「少しは元気でた?」
「…月菜、お前の声、やっぱすげーな。」
「え?」
「お前の歌聴くと、胸の突っかりが取れたっつーか、なんか軽くなったわ。」
「本当?なら、私、ハジメの為に何度だって歌うよ。」
そう言って月菜は笑った。
「私もね、嫌な事があった時とか、悲しい事があった時、ママがよく歌ってくれたの。ママの歌を聴くと元気が出たの。ハジメもそうだったらいいな、って思って咄嗟に歌ってみたんだけど…良かった。」
そう言って昔話を始めた月菜。奇跡の歌姫と呼ばれる母親の影響で小さい頃から周りに期待され、厳しいレッスンを受け、中々成果の出ない月菜は影で大人達に期待外れだと、本当にエミリアの娘なのかと言われ続け、泣いてばかりいたと。それを見返す為に努力した結果、周りからは親の七光りだと言われ、悔しい思いをした事。地上に舞い降りた天使と呼ばれるようになった今でさえも自身を否定する人はあとを絶たないと言った。
「努力もしたし、それ以上に我慢もした。けどね、なんか疲れちゃって、ハジメと初めてあっまあの日、逃げ出したの。」
あの日、初めて月菜に会った日の事を思い出した。
「あの日、ハジメが私に怒ってくれたから、私、また頑張れてるの。それにね、見方を変えたら、悪い事ばかりじゃなかったって気付けたの。本当に私を心から応援してくれてる人がちゃんといるって。」