第1章 嫁入
「牡丹、出立の時限じゃ」
そう呼びかけられた少女は、ゆっくりと顔を上げて声の主である父親を見た。美しく着付けられた白無垢の中央に正座する彼女が、差し出された手を握り立ち上がる。
火の国を治める父親が、隠れ里を治める火影に目を付けたのは数か月前だった。いつの日か政治の道具として嫁ぐことが来ると心構えてはいたが、いざその日が来たところで、嬉しくも悲しくもない。粛々と運命を受け入れるのみだ。
木ノ葉の里の火影。会ったこともない。いや、正確には牡丹が知らないだけかもしれない。護衛の為に何度も忍を雇ったはなみの名前くらいは知っているはずだ。
牡丹を載せた豪奢な輿が、それはもう白々しくゆっくりと、木の葉の里に向かう。その財力と権力を示すような長蛇の列は、まるで見世物のように国を巡って、目的の場所へとたどり着いた。
輿から降りた牡丹の目に飛び込んだのは、美しい銀色の髪だった。
「そんなに睨まなくてもいいデショ」
ぼんやりと喋る彼の声は、凡そその場に似つかわしくない音色。
「ま、ボチボチ行きますか」
差し出された手を握る。父親のそれよりも骨張っていて、しかし力強かった。