第33章 episode0
クロは、それから数日して家から出ていった。
最後の日まで、大した会話もなくて、この家はまた淋しい場所に戻った。
やっぱり、この場所は売らなくてはならない。
思い出が増えてしまった今では、それこそ早めにしないと、苦しくて押し潰されてしまう。
安く買い叩かれても構わない。
とにかく、早く。
そんな焦りはいい結果を生む訳がなくて。
殆ど不動産屋の言いなりになっていた。
後は契約書にサインして、お金を受け取ったら終わりという段階まできた頃。
街中で、とある人に声を掛けられた。
「おい、お前。えーっと、黒尾の彼女!」
私を指差した男に覚えがなくて、無視をしようとしたけど、それは出来なかった。
クロの名前が出たから。
「別れたから彼女じゃない。…クロの知り合いが何の用なの?」
関わりはあまり持ちたくなくて、冷たく返したつもりだった。
それでも、怯む事なくぐいぐいと私に近寄って頬を摘まれた。
「別に用事なんかねーけど。すっげぇ、暗い顔してたぞ。」
「それ、アンタに関係ある?共通の知り合いがいても、他人なんだけど。」
手を払い除けて、睨み付ける。
男は、やっぱり怯まない。
「ある!他人とか関係ねぇ!そんな死にそうな顔した女ほっとけるか!」
いや、放っておけよ。
なんて、心の声は届かず、私の手を掴んで引いていった。