第30章 執着心への執着心(赤葦エンディング)
‐赤葦side‐
それは、本当に偶然だった。
職場の飲み会で、しつこく酒を飲まそうとしてくる先輩や、色目を使ってくる化粧臭い若いだけの女から逃れて、トイレの個室に隠っていた時の事。
「悪い、俺二次会はパスな。」
聞こえた声が、知り合いのものだった。
「はぁ?木葉狙いっぽいコいんじゃん。何で帰んだよ?」
その人は誰かと話していたようで、その2人の声を息を潜めて聞いていた。
「俺好みの女がいねぇんだよ。」
「お前の好みって、どんなん?」
「…背ぇ高いコ。」
「あのコだって小さくねぇだろ?」
「あれじゃダメ。ヒール履いたら、俺と並ぶくらい無きゃ、ムリ。」
「いや、ヒール込みでも180の女は中々いねぇよ…。つか、そういう女はあんまヒール履かねぇよ。」
「いるんだよ。そうゆうの、気にしねぇの。俺、やっぱソイツじゃなきゃ、ダメだわ。」
その後も、何かを話していた気はする。
でも、俺の中で時間は止まってしまっていて聞き取れなかった。
個室の外にいる声の主は、確実にまだ彼女を想っている。
俺が、憧れ続けた、彼女…熊野りらを。
その、りらは妹の結婚を期に、自分なりの幸せを探し始めたようだ。
特に近所に住んでいる俺とは、積極的に関わるようになってきた。
昔は、付き合ってくれなかったお出掛け…所謂デートもしてくれるようになっていた。
でも、それは…。
ただ単に近場にいた俺で手を打っておこう、といった痛々しいもので。
彼女の想いは、ずっと彼に向いているのなんて、分かっていた。
あの2人を引き離して、辛い思いをさせているのは俺達。
本当は、何年経ってもお互いを想っているのに。
幸せ探しを始めた彼女に、してやれる一番の事。
俺が、幸せを共にする相手になれないなら。
それは、何の理由を付けてでも、もう一度2人を会わせてやる事。
昔は、邪魔だと排除したけれど。
今なら分かるんです。
貴方は、木葉さんは、りらにとって、必要な人なんだ、と…。