第1章 朝焼けの声
部屋に戻り、毛並みを整えた後私は三日月の部屋の前に来ていた。
誰か訪ねているようで、邪魔をするのも気が引ける為、こうして部屋の外で柱を背に小さく溜め息をついた。
三日月に会うのが決して億劫だとか、そういう事ではない。
しかし、何と声を掛けたらいいのか躊躇ってしまう。
今だって、一声掛ければいいもののそれをせずに一人こうして待っているのだ。
気の小さい奴だと笑われてしまう。
そして、何よりも手入れ部屋での事。
ぬしさまに会ったと、三日月に伝えるべきか迷っている。
出陣前、風呂で三日月に言われたことを思い返す。
我らの夢は夢であって夢ではない。
あれが三日月の言う通り、啓示なのだとすればそれはぬしさまに会えるという事であったのだろうか。
夢の声と、ぬしさまの声は確かに一致していた。
でもそれは、曖昧な夢の記憶が都合よく合致しただけなのかもしれない。
私が、ぬしさまの声を知っている筈もないのだから、夢で聞こえることも無いのでは?
しかし、人が見る夢とは違うものならば未だ見ぬ者の声を聞くことも可能かもしれない。
考えれば考えるほどに、分からなくなる。
やはり三日月にこの事を伝えた方がいいのか…。
しかし、下手に他の者の耳に触れれば騒ぎになることは間違いない。
どうしたものかと悩んでいれば、突然部屋の襖が開いた。
「じゃあ、私はこれで…って、え……小狐丸??」
部屋から出てきたのは石切丸であった。
「なに、っ…?」
続いて部屋の主が顔を出した。
私は、その顔を見て思わず笑ってしまった。
「ハハッ……なんだ三日月、その顔は…っバケモノでも出たかと思うたか?」
私を見た三日月の顔は何とも情けなく、柄にもなく焦りを露にしていた。
燭台切の言葉を思い出しながら、申し訳なさと共に、何故か嬉しさが込み上げた。
何と声をかけようかなど、先程の悩みなど気が付けば無意味になってしまった。