第1章 朝焼けの声
『小狐丸……』
私の名を口にする
『小狐丸…どうか貴方は……』
それは、夢で聞いた声、そのものであった。
鮮明に甦る記憶。
手の温もりと、私を呼ぶ声とが記憶として残っていた。
まだ、温もりが、あの握られた手の感触が残っているようで。
きっとあの方は、間違いなく…ここの審神者であろう。
皆が忌み嫌う者…そして、私のぬしさま。
明確な証拠など無い。
だが、私にはあれがぬしさまだと、そう確信した。
私は考えるよりも先に飛び起き、部屋の襖をスパンッ、と音を立てて開く。
見渡した部屋は私の部屋ではない。
そこがどこだとか、何をしていたのかだという事は意識すらせずに私はそのまま部屋を飛び出し、屋敷の中を走った。
毛並みが乱れていることも忘れて走る。
あの声を求めて、あの温もりを探して、行き先など分からないままに。
息が荒い。
途中、己の体から白檀の香を感じた。
廊下の角を曲がる時、人の気配に咄嗟に身を翻して避ける。
何とか避け、先に進もうとすれば体が後方へと引っ張られた。
「っ、小狐丸!!」
振りほどこうとした時、声がした。
「ちょっと、どうしたの!!」
聞き慣れた声にハッとして振り返ると、そこには燭台切がいた。
「っ、あ……」
その表情に、思わず我に返った。
驚いて私を見るその独眼は困惑に曇っている。
それもその筈、今の私は寝間着と変わらぬ姿で、自慢の毛並みすら乱していたのだから。
「何かあったの?!」
何かあったですと?
あぁ、あったとも。
でも、何と伝える?
見知らぬ者の声を聞いて、それを求めて我を忘れて屋敷を駆け回っていましたと?
いや、そんな事を言ってはついに気が狂ったと思われる。
「あ、いや……」
言葉に詰まっていると、心配そうな燭台切に手を引かれる。
すぐ脇の空き部屋に入れば襖を閉めた。
「君が運ばれてきたのは知ってる。手入れ部屋にいたんだろ?もしかして、何かあった?」
言葉に詰まる。
ぬしさまに会った、等と流石に言うことは出来なかった。