第1章 朝焼けの声
暗闇と、耳鳴りがするほどの静寂。
キイィンと酷く甲高い音が脳内に響く。
目が覚めたのか、それともこれは夢なのか。
まるで水中の中にいるかのような、そんな浮遊感が私を包んでいた。
否、実際に浮いているのかもしれない。
ならば私は死んだのかと思いもするが、馬鹿なことを言うなとでもいうように頭に強い痛みが響く。
狂った三半規管が平衡感覚を奪い、まるで世界が回るかの様な感覚に吐き気さえ伴う。
動かない手足が、凍った様に冷たかった。
このままこの暗闇の中で永遠に眠り続けるのだろうか。
それも悪くないな、とさえ感じるのは何故だろう。
この空間には心地好ささえ感じる。
僅かな光さえも無い暗闇の中で酷い耳鳴りと目眩、吐き気に襲われながら心地がいいだなんて阿呆のようだが、確かにここは心地が良かった。
帰らなければという焦りと、ここに留まりたいという思いに揺れる。
このまま眠ってしまおうか、と考えたところで不快感以外感じることの無かった己の体に温もりを覚える。
あぁ、ついに感覚が狂ったかとすら思ったが、そうではなかった。
私の手が、温かかった。
凍った様な、動かし方さえ忘れたと言うほどに動かない手が温もりに包まれた。
それは柔らかな温もりで、先程まで感じていた目眩も、嫌な耳鳴りも、全て消え去ったかのように、優しく温かい。
これは一体、何なのか。
夢なのか。
夢であるならば、願わくはこのまま時が止まってはくれないだろうか。
私は、咽び泣きたい程の悦びに包まれた。
あぁ、私はきっとこれを求めていた。
この温もりを、探し続けていた。
初めて感じた、悦びだった。
ここが夢だろうが、現実だろうが、そんなものはもうどうでもいい。
今この瞬間を感じられるならば、私は何も求めはしない。
このまま私が消えたとしても、きっと構わない。
しかし、私の悦びは長くは続かなかった。
不意に離れていく温もり。
何故、何故離れてしまうのか。
もっと、触れていて欲しい。
他には何一つ求めない。
だから、私に触れてくれ。
待って欲しい、どうか離れてはしまわないでと、口を開きかけたその時、私は美しい音を聞いた。
耳鳴り以外音というものが存在し得なかったこの空間に、私は確かに聞いたのだった。
それは私を呼ぶ、声。
今にも泣きそうな、悲しみに満ちた、それでいて恐ろしく美しい声であった。
