第5章 DAY2 黒の兵舎
夕暮れ時。
レイアにとって憂鬱な時間帯だ。
茜色の光が
赤の兵舎に咲き誇るバラを、より赤く染めていく。
それはそれは
美しい光景だ。
「レイア、今日はどうしても外せない任務があるから、月小屋へはカイルが送る。明朝の迎えはまた俺が出向いてあげるから、我慢しなよね」
ヨナは余裕たっぷりの不敵な笑みを浮かべながら
レイアの頭を優しく撫でた。
「おーアリスー行くぞー」
カイルは先に馬車に乗り込もうとしている。
「あっ…待って」
レイアは手に「お土産」を下げて馬車に乗り込んだ。
「じゃあカイル、よろしく頼むよ」
「あーわかった。俺はそのまま飲みに行くからよ」
カイルは見送るヨナに手を上げた。
「い…いってきます」
レイアは少し寂しそうな笑みを浮かべてヨナに手を振った。
去りゆく馬車の後ろ姿を見つめながらヨナは僅かに唇を噛んだ。
「……去り際にあんな顔をするなんて…ズルイよレイアは」
眉根を寄せながらぼそりと呟くと
踵を返して兵舎の中へと入っていった。
馬車の中でカイルは窓からの景色をぼんやり見ていた。
「カ…カイルは、お酒が好きなんだね」
「ん?…ああ……アリスは飲まねーの?」
「私は…ほんの少しだけ」
「へー、そうか」
カイルの返答はかったるそうだ。
(…あ、あんまりしゃべりたくないのかな)
レイアは俯いて膝もとに視線を落とした。
膝の上には、先ほど赤の兵舎のキッチンを借りて作った
ビスコッティが包まれている。
(…ルカの口に合うといいけど)
「それ…さっきお前が作ってたやつ?」
「え?」
カイルがレイアの膝の上に置かれた包みを見やる。
「うん…」
「…変わってんなーお前」
「え?」
呆れたようなため息に続いてカイルが言う。
「だってこれからお前は…自分の意思に反して無理やり抱かれんだろ?その相手に差し入れなんかおかしくね?」
「………」
確かにおかしな話だ。
あまりに理不尽な状況の中、なぜ相手のことを思っているんだろう。
「……アリス、意外とそーいうの好きなのか」
「…え?」
カイルの言葉にレイアの顔がさっと染まる。
外の景色はいつの間にか月小屋の近くだった。