第3章 DAY1 赤の兵舎
男性に部屋に招かれるのは
昨晩のこともあり少し抵抗があったレイアだったが
ヨナの部屋に入ったとたん
甘い香りが鼻をくすぐった。
「わ……いい香り」
「当たり前でしょう?セントラル地区で有名なパティスリーから買ってきた焼き菓子を用意したんだから」
ヨナの部屋のテーブルには
アフタヌーンティの用意がされていた。
「うわ……美味しそう」
レイアは目を輝かせる。
「君の住む世界にはこんなのないんでしょう?この俺に感謝するといいよ」
ことあるごとに上から目線のヨナの態度も、少し慣れてきた。
観察しているととても面白い。
ヨナはそそくさとテーブルにつくと
「君もぼーっとしていないでさっさと座りなよ」
と苛立ったように席をすすめてきた。
「あ、ありがとう」
レイアは席に着くと
ヨナとの奇妙なアフタヌーンティを楽しむことになった。
「えっ、じゃあ君は向こうの世界でパティスリーで働いていたの?」
「うん…作る方はやってなかったけど、でも趣味程度にはやってたよ」
「そう……でもこっちの世界のお菓子の方が美味しいでしょう?」
ヨナは何かにつけて優位に立ちたいらしい。
「うん、そうだね…でも一つだけ、私のお店の方が勝ってるのがあるかも」
「え?何?どれが勝っているって?」
甘いものに対するヨナの反応は随分敏感だ。
「…マドレーヌ。うちの店のマドレーヌはロンドン一評判がいいの。しっとりとしていて、卵の甘みとオレンジの風味のバランスが最高なの…隠し味もきいてて」
「隠し味?何を入れているの?」
ヨナは身を乗り出しレイアの顔を覗きこむ。
不意に近づいた榛色の瞳に、レイアは胸の鼓動がどきりと高ぶった。
「そ、それは…内緒」
「……なんでだよ」
レイアはふふっと笑う。
「……そんなに甘いものが好きなら、いつか食べさせてあげたいな」
到底叶うことのない願いをレイアは呟く。
「そんなの無理に決まっているだろう?」
やれやれ、といった顔をしたヨナは紅茶を一口含んだ。
窓の外は日が西に傾いている。
夜が近づいていることに、レイアは何とも言えない胸のざわめきを感じていた。