第3章 事件の日
「いってぇぇ!!」
「え、どうした!?」
アイリーンに口付けていた男が、突然大声を上げてその場で蹲る。
その行動に驚き、アイリーンの自由を奪っていたもう一人の男の手が緩んだ。
アイリーンはその隙を見逃さなかった。
後ろの男の鳩尾に思い切り肘鉄を喰らわす。
「うっ……!」
「よしっ!」
二人とも蹲る格好となってくれた。
今が脱出の絶好の機会!
アイリーンは動かない、いや動けない二人をその場に残し、扉へと手を掛ける。
そのまま体重を掛けて押せば、扉はガチャ、と音を立てて開いた。
資料室よりも少しだけ暗い廊下。
最初は不気味さしか感じなかった廊下が、今は安心をもたらしてくれる。
逃げよう、一刻も早くこの場所から……!
アイリーンは脇目も降らず、その場から走り出した。
・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「はぁっ…はぁっ……っ」
どれだけ走っただろうか。
まだ数分なのだろうか。
それとももっと長い?短い?
なにも考えられず、あの場所から離れたい一心で走っていた。
走りながらアイリーンは、自身の唇を何度も服の袖で擦っていた。
最悪だ。本当に最悪だ。
初めての口付けが、あんな誰かも分からない男に。
しかも無理やりだなんて。
こんなこと……、もう考えたくもないのに、頭から離れない。
「もうやだっ……!」
ぎゅっと目を瞑って速度を上げた。
ドンッ!
「きゃっ…! ご、ごめんなさい!」
周りなど見ずに走っていたため、誰かにぶつかってしまった。
アイリーンは直ぐに相手に頭を下げる。
でも、相手の顔は見れなかった。
いや、正直、相手に自分のこのぐちゃぐちゃの顔を見られたくなかった。
ぶつかっておいて失礼だとは思ったが、アイリーンはそのまま、失礼します。と視線を床に向けたまま相手から離れる。
が、
「待て。アイリーン」
その一言で踏み出した足は、その場から動けなくなった。