第11章 珈琲色
処置室のドアをそーっと開けて…
内科の裏手にある処置室は、隔離室にもなるもので。
窓もなにもない部屋はとても静かだった。
翔くんの寝ている診察用のベッドの枕元にだけ薄っすらと明かりが灯ってる。
覗き込んでみたら、PHSを握りしめたまま翔くんは熟睡してるようだった。
くーくーと小さな寝息を立てて…
「翔…?」
声を掛けても起きない。
まあ、しょうがないよね…外来で3時までって…
当直明けだから、相当疲れてるはず…
「いっつも僕に怒るくせにさ…自分だって無理ばっかりじゃん…」
そっと顔を近づけると、翔くんの忘れ物を渡すべく目を閉じた。
ちゅっと唇にキスすると、ふんわりと翔くんは目覚めた。
「あ…れ…?智兄…?」
「んふふ…忘れもの、届けに来た」
「え?俺、なんか忘れたっけ…?」
「いってらっしゃいのキス、忘れてった」
「…え?わざわざ届けに来てくれたの…?」
「元気出た?」
「…別んとこ元気になった…」
ぶふぉっと噴き出してると、んーっと翔くんは背伸びをしながら起き上がった。
「ありがと…元気でたよ、智くん」
ぐいっと僕の腕を引っ張ると、胸に抱きしめた。
「もっと…元気補充させて…?」
「いいよ…いっぱい吸い取りなよ…」
暫く僕を抱きしめると、そっと翔くんは離れていった。
「今日は午後診終わったら、すぐ帰れるから…お家で待っててね」
「うん。今日の夜はね、急患が来なかったら久しぶりに皆揃うから…」
「あ、そうだったか…うん。わかった」
PHSを見ながら、翔くんは身支度を始めた。
「よーし、おじさん張り切っちゃうぞ」
「よーし、ちっちゃいおじさんも張り切っちゃうぞ」
白衣を羽織る翔くんのジュニアくんをちょんと突いておいた。
「わふっ…さ、智くんっ…」
「あはは…じゃあ、また後でね!」
ちょっと前かがみになってる翔くんを残して、ささっと処置室を出てきた。
「よーし、一番おじさん張り切っちゃうぞ…」
今から晩御飯を作れば、皆が帰ってくる頃にはできあがるだろう。
いつも僕の世話ばかり焼いてる弟たちに…今日くらい、僕が世話を焼いてやるんだ…
「たーくさん、美味しいもの作って待ってるからね」
見上げた病院の建物の上から、鳩の群れが飛び立っていった。
END