第11章 珈琲色
ぐいっと手を引っ張られて、櫻井さんの胸に飛び込んだ。
「どうして松本さんの身請話に乗らないんだ…智…」
「え…?」
「なんで…誰のものにもならないんだっ…いっそのこと、誰かのものになってくれたら……」
俺を抱く腕に、一層力が入った。
「好きなんだ…智…」
「え…?」
「おまえが好きだ…」
絞り出すような苦しげな声…
「櫻井さん…」
ごめんなさい…ごめんなさい…
好きになって…ごめんなさい…
俺の身に掛かってる借金は莫大で…
とてもじゃないけど、櫻井さんには払えない。
だから…必死に気づかないふりをしてた。
貴方の気持ちにも…俺の気持ちにも…
涙が溢れてくる。
口を開けば思いが溢れそうで、何も言えなかった。
「ごめん…智、困らせてごめん…」
「ううん…」
「俺…一生懸命働くよ…」
「え…?」
「頑張って金を貯めて…迎えに来るから…だから智…」
俺のこと、待っていられる…?
櫻井さんの声は、いつまでも俺の耳に残った
「智、お客だ」
「あーい…」
今日も俺は、お客を取り続ける。
「またかよ…なんであいつばっかり…」
…妬めばいい…
「あんたたちの顔、酷いよ」
「なんだと!?」
「そんな人を妬んでる暇があったら、鏡を見たら?醜い顔してるよ」
思い切り俺のこと妬んで、醜くなっていればいい。
「あんた達が嫉妬で不細工になってる間に、俺は身にかかった借金を返して、ここを出ていくよ」
ふっと松にいが笑った。
「いい心がけだ…」
「…ありがと」
決めたんだ…俺は借金を返して櫻井さんの所にいくんだ
だから、他の奴を蹴落としてでも…のし上がってやる…
この吉原で最後の徒花を咲かせてやる
誰よりも…大輪の花をね
終